by Rainbow School
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支配したい気持ちは「愛」の変形(2)
世界を「支配」している、闇のグループがいることについては、ずいぶん多くの人が知るようになって来ました。これも、地球のエネルギーが上がって活動期に入り、光が強くなって来たことの現れです。強い光によって闇が照らされて来ているのです。

彼らの「支配」の道具の頂点にあるものは「金融」で、世界の180カ国くらいに、グループが統帥している「中央銀行」というものを所有しています。この「中央銀行」は、国家機関の顔をしてはおりますが、れっきとした株式会社で、通貨の発行権を持ち、利息を決め、傘下の市中銀行をすべてコントロールできる権限を有しています。

つまり、無いものから富を生み出す仕組みである「利息」と、経済活動すべての根幹にある「通貨」を我がものにしているのです。この「金融」の仕組みの下に、グローバル企業があり、企業に操られた政府があり、政府にあやつられた各機関があるのです。一般民衆は、これらの構造を知らされないまま、長年に渡ってその中で動かされて来たのです。

さてそこで、次のような疑問が沸かないでしょうか?
彼らの目的はいったい何なのか?

「お金」でしょうか? 「お金」だとしたら、すでに有り余るほどのものを彼らは持っています。なにしろ、通貨そのものをコントロールできるのですから。

「お金」の魅力で動く人というのは、「支配」のピラミッド構造の各段階にたくさんいるのですが、その人たちは、実は(霊的には)下っ端なのです。地位・名誉・財産に目がくらむ人たちで、自分たちが使いっ走りにされているということが判らないのです。権力を握って、自分は人々の上に君臨していると思っているのですが、実は「お金」に操られる程度の未熟な「魂」なのです。

さてここからが、ある人にとってはびっくり仰天、ある人にとって「なるほど」というお話です。

「支配」のピラミッド構造のTOPにいる人たちの目的は何なのか?
それは「愛」の追求なのです。

えええええーーー?! って、そんなに驚かなかったかな? 書かせて貰っている私は、けっこう驚いたんだけどなぁ。なんなら「え」の数をあと3個くらい減らそうかぁ。彼らの目的は、地位・名誉・財産の獲得などにはない。ですから、表には出て来ないのです。財産は持っているでしょうけれども、地位・名誉をひけらかす欲望などは持っていないのです。

彼らの目的は、「支配」による世界の統一。つまり、「ONENESS」の実現にあります。

よく知られた話ですが、1ドル札の裏側には複数のシンボリックなデザインが隠されていて、その中に「ANNUIT COEPTIS」と「NOVSU ORDO SECLORUM」というラテン語が記述されています。これは、前者が「我々の計画に同意せよ」、後者が「新しい世紀の秩序」という意味で、合わせて「新世界秩序という我々の計画に同意せよ」という意味です。

これが1ドル札に書かれてあるということは、「金融」のベースを象徴するワンダラー紙幣に、彼らがそういう願いをたっぷりと込めた。別の言葉で言えば「念」を注入した、ということなのです。1ドル札が世界に出廻り、人々がそれを手にして眺める度に、その「思念」を、知らず知らずのうちに人々が受け取ることを意図したものです。

つまり「お札」は、文字通り「お札(ふだ)」なのです。これは日本銀行券も同じです。やはりシンボリックなデザインが隠されていて、神社で貰うのと一緒の「お札(ふだ)」の機能を果たしています。「この紙切れに従いなさい」「とりこになりなさい」そして「新世界秩序という我々の計画に同意しなさい」というメッセージが、そこから発信されています。

さてここで、昨日した話を思い出してみてください。「愛」の学習には、二つの道があると言いましたよね。一つは「無条件の愛」を目指す道、もう一つは「支配」を目指す道です。「分離」と「愛」という宇宙創設時にまで遡る二律背反を超えようとした時に、二つの道がある。彼らは、そのうちの後者、つまり「支配」を選んだ「魂」なのです。

ですから、彼らの目標も「ONENESS」の実現になっている。これは実に興味深い点です。そう思いませんか? そしてそれを「New World Order(新世界秩序)」と呼んでいるのです。一つの支配者のもとに、多段界の支配構造が安定的に造られる世界。それは、彼らに取っては、望ましい「秩序」なのです。

そこでもう一つのことに気づかないでしょうか? このピラミッド構造は、「宇宙」の成り立ちとそっくりです。「△三角形の法則」の適用になっています。つまり、彼らの狙う「新世界秩序」とは、「宇宙」のコピー、それもコピーミスであるということなのです。細胞が正常にコピーされれば美しく成長する、コピーミスされると癌化する。それと全く一緒です。

下なるものは上なるものの如く、上なるものは下なるものの如し。

癌細胞というのは、正常細胞から見た場合に「やっかい者」に映るのであって、癌細胞自体は、自分たちを「やっかい者」などとは思っていません。ただ、癌細胞としての生き方を選んでいるだけなのです。ステルス性を持って、日々、成長しようと活動しているのです。

あなたの中にも、正常細胞と癌細胞の両方があり、知らない間に癌細胞が広がっている。(これはあくまで喩えですからね、間違えないでくださいね)そのあなたが、癌細胞を広げたいと願う「思念」に強く同調してしまえば、つまり「恐怖」や「憎悪」を抱けば、癌細胞が世界中に増幅して、彼らが意図するようなプロセスを経て、世界が統一されて行きます。

すなわち第三次世界大戦の勃発です。今はその瀬戸際の時期にあります。

癌をやっつけることで、癌を克服することはできません。なぜなら、癌は結果であって、病根はそれ以前にあるからです。同様に、戦争を戦争で終わらせることは出来ません。悪に対して憎悪で立ち向かっても、恨みの連鎖を引き起こすだけなのです。癌を克服するためには、癌を癒し、正常細胞を増やして置き替えて行くしかないのです。

これから起こるであろう瀬戸際を注視していてください。為政者の言葉や、マスコミの言葉に騙されないように。なんとなく不快感を覚えるものは、それ以上注目しようとせずに、遠ざけてください。言葉ではなく、彼らが発するバイブレーション、霊性を見てください。

人類が瀬戸際を乗り切る道はただ一つ。人類が「無条件の愛」の道に目覚めることなのです。そういう人が、世界中に増えることなのです。ですから、あなたにはそうなっていただきたい。私からもどうかお願いします。
支配したい気持ちは「愛」の変形(1)
究極の「愛」は、すべてのものが一つと認めることです。あなたとわたしは一つ、人と自然は一つ、生きとし生けるものはみな一つ、宇宙は一つ。一つですから、あなたはわたしであり、わたしはあなたであり、そこには区別というものがないのです。一つですから、あなたが宇宙(ミクロコスモス)そのものなのです。一つですから、あなたは生命の体現者なのです。

ここに至った心境の表出が、いわゆる「無償の愛」「無条件の愛」というものになるのです。つまり、私たちはみな、最終的にそこを目指していると言えます。

ところが、私たちは、それぞれ個別の「魂」を持ち、己の肉体というものを有しています。これは「みんな一緒」という心境に至ることを体験するために、あえてそのようなプロセスを踏んでいるからなのです。けれども、そうした理由を誕生後にはすっかり忘れているために、「愛」を巡って様々な葛藤を繰り返すのです。

このことは、これまでにも何度かお伝えしていますが、もともと一つだったものが、一つになるということを「経験」するために、わざわざ分離するというプロセスを経て、私たちは誕生しています。そのため、分離して自由になりたいという願望と、一つの家に戻りたいという願望が、誰の中にも、同時に存在しているのです。

これが「愛」というものの秘密です。私たちは一見、その矛盾した、二律背反的な願望の間を、行ったり来たりしながら、それぞれが「愛」というものを学習体験しているのです。

その学習体験としての一つの表れが「支配」です。「支配」と聞いて、「ええっ、『支配』と『愛』とにどんな関係があるの?」と首を傾げられる方もおられるでしょう。けれども、これは日常的によく見かけられる光景です。

恋愛の初期に、「好きで好きでたまらない」と思って一緒になってみたら、相手は自分のことを「支配」したいだけだったと後になって気づく。あるいは、私のことをいつも「心配だ、心配だ」と言い、口うるさく干渉して来る親は、自分では愛情をかけているつもりのようだけれど、私から見たら「支配」なんじゃないかと疑問に思う、など。

これらはみんな、「条件付きの愛」なんですね。相手の自由を認めようとはしないのです。相手の自由を認めたら、どこかへ飛んで行ってしまうと思っている。ですから相手を条件で縛り、それを「愛」と自分では思っているのです。「見て見て、私だけを見て!」「浮気なんかしちゃダメよ」「私がこんなにも思っているんだから、あなたも少しは返しなさい!」etc.。

結局、「支配」というのは、「分離」と「愛」という二律背反を、都合よくまとめる一手段として出て来たものなのです。「分離」したまま「愛」する。「愛」するが、「分離」しているという条件は決して手放さない。ですから「無償の愛」「無条件の愛」という心境には至らない。つまり「支配」は、「愛」の変形、歪んだ「愛」の形なんですね。

「分離」と「愛」という二律背反を超えようとするには、二つの道があるのです。一つは「無条件の愛」を目指す道、もう一つは「支配」を目指す道です。この二つは真逆ですが、出発はどちらも同じなのです。

さてここで、びっくり仰天のお話をしましょう。(この続きは明日)
「闇」と「魔」
「闇」はありますが、「魔」というものはありません。「魔」は、人間が作った完全なるフィクションです。「光」が当たらないところには「影」ができますが、全く当たらないとき、そこは「闇」になります。ですから厳密に言えば、「闇」も「在る」のではなく、単に「光」が当たっていない「状態」だと言えます。

では「魔」というものは何でしょう? あなたは「闇」が怖いでしょうか? 仮に毎日生活している家の中が真っ暗だったとしましょう。家具調度品の位置もいつものままです。違うのは、ただ「光」が当たっていないというだけ。さて、怖いですか? もし怖いとすれば、それが「魔」です。

お解りでしょうか? 「魔」は、「闇」を見て、あなたが作り出した観念なのです。

「闇」はありますが、「魔」というものはありません。「魔」は、人間が作った完全なるフィクションです。そして人間は、もう一つの壮大なフィクションを作りました。それが「神」です。「光」の側に、「神」を想像(=創造)したのです。

「光」はありますが、「それ」を「神」と呼ぶかどうかはあなたの自由。しかし、これまでに人間が作ってきた「神」概念は、相当歪んだものであることに注意しなければなりません。

それは、宗教、宗派によって、奉じている「神」が違うということだけを見ても明らかです。もし、万物の創造主を「神」と呼ぶのであれば、それは共通していなければおかしいです。あっちにもこっちにも、違う創造主がいて「我こそが本物である」と主張し合うなんて、「神」さまってそんなにおバカさんなんでしょうか?

しかし人間は、想像力を働かせて、「光」と「闇」を、「神」と「魔」の観念に置き換えてしまいました。そして、「魔」を「神」が打ち倒す、あるいは「神」が「魔」から人々を救うというフィクションを作り上げて、これを信じ込んだのです。こうして、世界各地に組織宗教が出来上がって行きました。

過去2500年くらいは「魚座の時代」でしたので、組織宗教が隆盛を誇りました。魚座は別名「双魚宮」と言い、ゾディアックシンボルは、回転するように並んだ二匹の魚によって表現されています。これは二元性を表したもので、「光」と「闇」、「神」と「魔」の観念をシンボライズしています。

けれども、水瓶座の時代に入った今は、組織宗教の時代が終わりを告げ、いよいよ万人に「真理」が明らかにされる時代になったのです。空っぽだった水瓶に「真理」の水が注がれ、「闇」に「光」が当たり、これまで隠されていた事が次々に明るみに出て来ます。

今はその転換期にあるため、世界は大混乱状態にありますが、大局的見地から言えば、この流れを止めることは誰にも出来ません。しかし、大きな流れはそうなるのですが、2000年に渡る組織宗教の強力な刷り込みと、誰しもが不安や恐怖という感情があるために、「魔」があると信じ込む人がなかなか減らないのです。

しかも、霊感の強い人の中に、「魔」を強調する人が大勢おられるというのは困ったものです。この人たちは、霊感があっても「真理」の法則に関する知識がなく、自己の感覚だけを重視して「闇」を「魔」と取り違えて語るのです。それだけならまだしも、それを周囲の人たちに吹聴してしまう。すると、不安や恐怖心を刺激するので、大衆の耳目を集め、組織を作ることができるというわけです。

ここでハッキリ言っておきますが、不安や恐怖を煽る情報は、霊能者だけでなく、どんな立場の人が言うにせよ、すべてニセモノです。宇宙に不安や恐怖など、本質的にはありません。宇宙にはただ変化と愛だけがある。それを、不安や恐怖と感じるかどうか、「魔」と解釈するかどうかは、その人しだいなのです。

どうして、宇宙に「魔」など、ありましょうか? 仮に「魔」があるとしたら、その「魔」を創ったのは誰なのでしょうか? 「神」でしょうか? だとしたら、「魔」は「神」の一部です。その場合、自分が創った「魔」と「神」が戦うというのでしょうか?

なんのために? なんのために、そんなゲームをしなければならないのでしょうか? もしそうだとしたら、我々はみな、「神」のゲームに使われる駒に過ぎなくなってしまいます。

いやいや、そうではなくて、最初から「神」vs「魔」という二元対立があったのさ、と主張する人がおられるかも知れません。ではどうして、その二つが「最初から」存在することになったのでしょうか? もし対立する二つが、あらかじめ存在したというのであれば、その二つを創った第三者が、別に存在しなけばならなくなってしまいます。

結局のところ、創造主というのは一つです。そうでなければ論理が成り立ちません。創造主は一つなのですから、もし「魔」があるとすると、それは創造主が創ったということになり、最初に仮定した推論に戻ってしまいます。このようにして、論理的に考える限り、「魔」などあり得ないということがお解りいただけるでしょう。

このように「魔」はありません。しかし「闇」があることは確かです。なぜなら「光」があるからです。一人の人間の中にも「光」と「闇」があり、「光」の多い人と「闇」の多い人がいることも確かです。それは「魂」の成長段階が違うのです。宇宙の中には、「闇」のまま進化した「魂」もいて、それらが地上の「闇」を支援していることもまた確かです。

どうして、ニュースでは、ネガティブな報道ばかりを流していると思いますか? どうして、地震やテロや病気や貧困やパンデミックの恐怖を与える情報ばかり、強調していると思いますか? それらを強調すれば、人々の中にある不安と恐怖を刺激し、注目を集めることができます。そうすれば、今度はその「対策」と称して、人々を支配できるからなのです。

この構造は、巨大かつ複雑なシステムになっていて、頂点に立つ人はほんの一握りなのですが、「闇」に惹かれる人々、「闇」に魅力を感じる人々が、そのフォロワーとして活動しています。大衆はこれらの人々に洗脳され、奴隷化状態にあります。けれども「洗脳」が行き届いているために、殆どの人が、自分が奴隷化されていることに気づいてはいないのです。

「魔」は、その「洗脳」をマスキングするための、スリ替えに利用されています。「魔」に注目を集めれば、「闇」がまさに闇に隠れてしまいます。なぜなら、人々は「真理」よりも、オカルティックなエピソードの方をより好むからです。このようにして、歴史的にも「魔」が大衆洗脳の道具として利用されて来ました。

しかし、途中でも申し上げましたが、今は「光」が強まっている時代です。今まで隠されていた「闇」がどんどん明るみに出て来ています。これを読んでくださっているみなさんは、「闇」と「魔」の違いをよく認識して、「魔」に落ちないようにしていただきたい。

「魔」に落ちないとは、恐怖心を抱いたり、下らないことに心を動かされないということです。「闇」の戦略に、ウカウカと乗らないようにね。

北朝鮮がミサイルを発射した? それとあなたの生活となんの関係があるのでしょうか? 国内でもジカ熱感染者が見つかった? それとあなたの生活となんの関係があるのでしょうか? 国会議員が不倫した? それとあなたの生活となんの関係があるのでしょうか?

それらの話題に関心を示せば、あなたの波動は、自らを下げることによって同調しようとします。それは結局、あなたにイライラや不快感をもたらすだけです。あなたの中の「闇」の部分ではなく、「光」の部分を目覚めさせてください。

あなたが、明るく元気に毎日を生きることが、世の中を照らす一番の「光」になるのです。このことを強くイメージして、毎日を生きてください。
あの世には、悪魔もいないし、地獄もない
以前、知り合いに勧められ、ある精神科医が書いたという興味深い本を読みました。その本は精神科医が書いたものとしては異色で、自分がやってきた治療法に対する疑問が綴られていたのです。

このお医者さんは、ある時一人の霊能者と知り合いになり、自分が治療に難儀していた患者を、この霊能者が次々と快癒させていくのを見て仰天します。一体これはどういうことか?

そのことに関しては、私は別段驚いたりはしません。ですがこの霊能者が語っていることには驚かされました。いわゆる精神疾患の原因が、全部、悪霊の憑依だと言うのです。そして瞑想を行うことは、悪霊の憑依を招いてしまうことがあるから危険だ、とまで言うのですから。

ヤレヤレ、瞑想禁止令ですか。じゃあその「霊能」とはなんなのだ? 「瞑想」のバリエーションではないですか。
この霊能者に限らず、悪霊、悪魔、魔界、地獄、を強調する霊能者は非常に多い。そして人々にたっぷり不安を与えた上で、そこから逃れる方法を伝授する。

ある人が、私(今成)という人間がどういう人物かを確かめたくて、霊能者のところに聞きに行ったんだそうです。ずいぶんと暇な人がいるものです。そうしたら、なんと「この人は、悪霊に取り憑かれている」とのご託宣が下りたんだそうな。

ハイハイ、そうでしょうとも。「悪霊」にでも取り憑かれていなきゃ、毎日3時間、こんな文章書き続けられませんよ。それはどうもご親切に。最近どうも体調が悪いと思ったら、なんだ「悪霊」のせいでしたか‥‥。

しかしここでハッキリ断言しておきたい。
霊能の強い人はいるし、この世に憑依現象だってあります。いわゆる幽霊もいる。
でも、あの世には、悪魔もいないし、地獄もない!

「霊能」というのは、五感では通常キャッチできない世界を捉える能力です。いわゆる第六感といわれるもの。これは誰もが所持している能力で、目が良い、鼻が利く、舌が肥えているなどと同じこと。要するに相対的な能力なのです。

ですから、第六感にも強い人と弱い人がいるというだけの話。あまり意識していないかもしれませんが、あなたにだってその能力はあるのです。そしてそれは、訓練によって磨くことが出来ます。

さて、その時に、目が良いことと人間性とは何の関係もないように、霊能の強さとその人の人間性とは何の関係もないということです。霊能者と接する際には、どうかこの点を思い出し、気をつけていただきたい。

ところが第六感だけは、見えない世界をキャッチする能力であるため、とかく言われたことをなんでもかんでも信じてしまう傾向に陥りやすい。

でも霊能者だからといって、宇宙の法則のに関する知識をなんでも知っているとは限りませんし、霊性が高いとも言えない。他のことと同じように、自分の間違った思い込みに左右されていたり、中には、自称霊能者の詐欺師だっているのです。

悪霊、悪魔、魔界、地獄の類は、霊能を持つ人が、とかく陥りやすい「思い込み」に過ぎないのです。なぜそんな「思い込み」が生じてしまうのか? これも、他のことと同様、今まで育って来た中で身につけた観念の一つなのです。

小さいころにお寺に行って、地獄絵図を見せられた。聖書を読んで悪魔を知った。その他、映画や小説や絵画やあらゆるところで、多くの人がそうした観念を植えつけられて育った結果なのです。

あの世には、悪魔もいないし、地獄もない。そんなものはない。
それは、見たい人が見るのです。

ここで改めて、「在る」ということを考えてみないといけません。ふつう「在る」とか「ない」とかという時、私たちは自分の「知覚認識」とは関係なく、独立して、あらかじめその物体が存在していると、みな見なしています。

しかしそれが錯覚にすぎないことは、量子力学という学問分野で、すでに証明されています。目の前にコーヒーカップが「在る」。しかしそれは、見るまでは、本当にあるかどうかは判らないのです。私たちが、それを見た時(知覚した時)、はじめてそれがそこに現れる(認識される)のです。

通常いう「あの世」、第六感でキャッチできるところの非物質的世界では、想念エネルギーがあらゆるものを瞬時に作り出してしまいます。ですから欲しいもの、見たいものが、自由自在に目の前に出現する。そのため地獄を見たい人は地獄を見るし、悪魔を見たい人は悪魔を見るということなのです。

ただし、あまりにも多くの人が、地獄や悪魔を想像(創造)しているために、その集合エネルギーが出来上がっている。しかしそれも、私たちが通常いうところの物質的に「在る」というものではない。目の前のコーヒーカップと同じように、見なければないし、見たい人は見るということです。

ですから、悪霊、悪魔、魔界、地獄、を強調する霊能者は、それを見たい人だということ。なんのことはない、自分がその観念(つまり悪霊)に取り憑かれているというだけなのです。

それに、論理的に言って、悪魔や地獄が存在することはあり得ない。

先ず宇宙の創造者はたった一つである筈です。それを人は創造神と呼ぶ。もし創造神が二つであったなら、互いを作ったのは誰かということになってしまいます。A神がB神を創ったのなら、創造神は結局Aです。逆もしかり。

だから創造者は一つ。その一つのものが、対立する天使と悪魔を、わざわざ創造するでしょうか? いったい何のために?
創造者ってのは、戦闘好きなテレビゲーム・デザイナーなんでしょうかねぇ?

天使と悪魔を創ったのは人間です。神の名を語って。だから見てご覧なさい。世界中の戦争の大部分は、異教徒の悪魔を叩き潰せと互いに主張しあって人殺しをしている。それが「我らが神のご意思なんだ」と勝手な理屈をつけてね。

これほどバカげたことはないでしょう。どうして神が、自分が創った人間を、自分で殺して喜ばなければならないのでしょうか?

ですからみなさんは、明るく、平和で、みんな仲よく、楽しく暮らせる世界だけを想像していればよいのです。その想像が、現実を見ることになるわけですから。その想像が、現実を創造することになるわけですから。

悪魔や地獄なんてアホな概念はとっとと捨てて、神の本質に目覚めなさい。創造主には愛しかない、天国しかないということに気づきましょうよ。
憑依現象
10月の中旬、親戚の法事に行って酒を浴びるように飲んですっかり体調を崩してしまいました。自業自得だね(´-`;)。その後、2年ぶりに風邪を引き、さらに波動が下がっていたところに、「うん? こりゃなんか変だぞ」という感じが襲ってきて、心身ともにドーンと落ち込みました。

憑依現象です。これも3年ぶりくらいかな? 若い時分には、ちょくちょく憑依されていました。もっともその時には今のような知識がなく、振り返ってみれば「あれは憑依だったんだな」と思い出されるということです。

とにかく肩が重たい。尋常な肩こりじゃない。後ろからのしかかられたような感じで、頭頂部にもグーッと押さえつけるような圧迫感がある。背中にヒョイと乗っかかられるから憑依というのか? そして、とにかく死にたい。もう死んでしまいたい。だから、憑依された時にはそれとすぐに判る。

憑依には2種類があります。一般に不成仏霊とか未浄化霊と言われている「霊魂「の憑依と、「思念」の憑依です。「思念」もエネルギー体なので、「霊魂」と同じように憑依現象を起こすのです。今回、私に憑依したのは後者の「思念」でした。きっかけは、送られてきた電子メール。これを読んで引っ掛かってしまいました。

気分的にはキツかったのですが、客観視できていたので、この際どうなるか実験観察してやろうと思いました。最初は自分で取ろう(追い出そう)と思ったのですが上手くいきません。憑依されたのは、自分の波動が下がっていたスキを突かれたわけで、すでに「死にたい」ほどまで下がっている自分があがいても、どうにもならない。

ところが、たまたまある人から電話が掛かってきて、話をしている途中でスーッと抜けていくのが分かった。簡単でした。結局「光を当てろ」ということに尽きるのですが、明るく元気な人と接触すれば、それだけで「光」が貰えるというわけです。持つべきは、明るく元気な友人。

自分で「光」を出して退治しようとしても、波動が落ちている時には難しいということが、今回分かりました。ということで、憑依現象恐るるに足らず。今度また機会があれば、別の実験をしてみるつもりです。だから、普段の生活で大事なのは、明るく元気に過ごして、スキを作らないこと。みなさんも、年末年始、飲み過ぎには気をつけて!
東洋で、祟り神を祀るわけ
宇宙は双極性によって成り立っていることは間違いのない事実です。身の回りのあらゆる事物を見ても、陰陽二極に拠らないものはなに一つありません。これをシンボル化したものがタイチーマーク(陰陽太極図)であり、陰陽が渦を巻いているのが宇宙の構造であるということを示しています。DNAの二重螺旋が発見されたのは20世紀の後半に入ってからですが、これを見事に証明しています。

どうして二極なのかという理由は、あまりにも深遠なために、簡単に語ることは出来ません。しかしこの双極性から「善と悪」という概念が生じていることもまた事実です。ところが、西洋と東洋とでは、「善と悪」というものに対する考え方に、大きな違いがあるのです。

西洋では、「善と悪」はあくまでも対立概念であり、悪を滅ぼす者を善とした。したがって悪と断じた者を攻撃することに正当性を与えました。このような考え方は、一神教から来ています。ユダヤ教、キリスト教、イスラム教が信仰の対象としている神は同一で、それならば仲良くしたらいいようなものの、互いに異教徒を憎しみの対象にまでしてしまう。

この背景には、根本に間違った一神教の解釈があるのです。「神は一つ」という考え方そのものは正しいし論理的に矛盾はありません。けれどもその神を「善」なる側に置き、反対側に「悪」の親玉としてのデビルやルシファーを設定しました。そして「善」なる神を仰ぎ、近づこうと努力する者、つまり自分たちは「善」なのだとしてしまったのです。

でもこの論理は、何かおかしいことに気がつきませんか? ではデビルやルシファーを創造したのはいったい誰なのでしょう? もし宇宙創造の最初の段階からデビルやルシファーが居たのだとしたら、善の神と悪の神が存在するという二神教になってしまいます。一方「神は一つ」というロジックを貫くのであれば、デビルやルシファーも神が創ったということになります。

西洋では、このような根本的矛盾にはほっかむりして、善悪二元論を持つ一神教という概念を、二千年に渡って、広く深く浸透させて来てしまったのです。これは、本来誰もが自分の中に持っている「悪」を手なずけるには非常に都合がよかったのです。その「悪」にきちんと向き合わずに、「悪」を他者に転化して、それを攻撃すれば自分の「善」が正当化されたからです。

一方、東洋では汎神論が普及しました。これは、あらゆるものに神性が宿っているという考え方です。あらゆるものに神性が宿るということは、見方を変えれば、一神論だということがお解りいただけるでしょう。ですから汎神論の方が、むしろ本当の一神教とも言えるわけですが、西洋はこれを低俗な偶像崇拝として扱ったのです。

インドでは三大神と言って、宇宙を創造した神(ブラフマ)、出来上がった宇宙を保ち生かす神(ヴィシュヌ)、そして消滅させる神(シヴァ)を設定しました。これは宇宙の循環サイクル(輪廻)を、見事に表現しています。創造と消滅は一つのサイクルであって、どちらが「善」だとか「悪」だとかはない。それが宇宙の実相だということです。

日本では、祟り神である「艮の金神(うしとらのこんじん)」をご神体とする宗教がいくつもあります。「艮」は十二支を360度の方位に当てたときの、丑と寅の中間で、東北を差します。いわゆる「鬼門」の方位です。鬼の絵が牛の角を持ち虎のパンツを穿いているのは、この「艮」をもじったものです。

じゃあ「艮の金神」を崇めるような宗教は、悪魔崇拝なのか? そうではありません。天候一つとっても、人間にとって良い時も悪い時がある。天変地異だってある。疫病の流行や飢饉もある。それらを認めた上で、そういう力を発揮している天の存在に対し、自分の不徳を詫びて、その力を自分の善なるものに転化していただこうということなのです。

ところが西洋の場合は違う。デビルやルシファーを崇めるのは、本当に悪魔崇拝なのです。自分の悪魔的考え、支配欲に対して、その実現に向けて力を授けて貰おうとするのです。善悪二元論の一神教という、そもそもの矛盾が、そっくりそのまま悪なるものを主神とする宗教に置き換わっているわけです。

こういう感覚は、日本人にはなかなか理解し難いものがあります。が、逆に西洋から見たら、善も悪も一緒だという考え方は、理解し難いわけですね。例えば、病気に抗うのではなく、認めて共存して生きていく、などという考え方は、西洋人からすれば敗北思想であり、「なぜ戦わないんだ」となってしまうわけです。

しかし、今日の世界情勢を見れば、善悪二元論の一神教が、ここまで混乱した世界を創ってしまったということは明らかです。過去に、西洋社会で東洋を学ぼうとしたムーブメントが何度か起こったのですが、幾世紀、何世代にも渡って、あまりにも深く宗教が浸透したため、これを覆すことは殆ど不可能のように思えます。

アメリカ大統領が、就任の宣誓を行うに際し、聖書に手を置くことはご存知だと思います。ジョージ・W・ブッシュが、「悪の枢軸国」発言を行い、テロと戦うと宣言した時に、国民の7割以上が熱狂したのですが、そうなる下地が、そもそも西洋社会には色濃くあるということです。

しかし東洋には、二極性は同一のものの循環という考え方が基本にあって、祟り神までをも祀って来たということですね。我々はそのことの意味を、今こそ振り返ってみるべきだと思います。
「闇の支配者」ということについて(3)
いま世界は、断末魔の様相を呈しています。日本も、集団的自衛権(早い話が、同盟国であるアメリカがしている戦争に、日本も自衛隊員を派兵するようにすること)を巡る関連法案が着々と整備され、太平洋戦争の反省など、どこ吹く風となっています。愚民化政策を大衆に推し進める一方で、国家権力を握る側は、裏の支配構造をますます強化しているのです。

さてある時、このようなことを知人と話していたら、その知人から「なぜなんですか?」と言われました。私は最初、その意味が解らなかったのですが、考えてみれば彼の疑問はもっともでした。なぜそこまでするのか、ということです。単なる「金儲け」では説明がつかない。「支配欲」といっても度を超しているではないか。

その通り、度を超している。自分たちが拠って立つ地球を、メチャクチャにしてまで叶えたい「支配欲」というものはいったい何なのだ。それが解らない。ここに至って「奥の奥」という存在が出てくるのです。しかしそれは、「宇宙の法則」と「魂」のあり方を知らない一般の人には理解し難いことなのです。

このブログを読んでくださっている方は受け止めてくださると思っておりますが、ご承知のように、私は「魂」の永遠性と、人が輪廻転生することを前提としてすべての話をしております。それを考えていただければ解るように、「闇の支配者」にも、すべての人と同じように「過去世」と、彼らのカルマがあるのです。

私たちの文明の遥か以前、今の大西洋上にアトランティスと呼ばれる大陸があり、現在よりももっと進んだ科学技術を持つ文明が存在していました。しかしその文明は、大陸の水没とともに、跡形もなく消えてしまったのです。原因は人心の荒廃です。「光」の拒絶です。現在の「闇の支配者」たちは、この時にアトランティスを滅亡に導いた「魂」の生まれ変わりなのです。

それだけではなく、こうした「魂」を応援している霊的存在もいるのです。「闇」というのは、「光」を受け付けないから「闇」なのです。「闇」の存在には、肉体を持たない低次元の「魂」や宇宙人などもいて、彼らは「光」に対する復讐心を燃やし、地上で生きる支配者たちを動かしているのです。地上の支配者たちは、自分たちもまた支配されていることに気づかないのです。

現在の世界は、アトランティスが滅亡に至った状況と、うり二つになってきています。拝金主義が横行し、環境破壊が進み、核戦争と原子力エネルギー災害の懸念は高まり、通信が人々の心をコントロールするようになり、遺伝子操作技術が喝采を持って迎えられる。自然災害の多発は、人々の今の心の状態を反映しているのです。この狂った文明の末期を、いま私たちは突っ走っているわけです。

このようなことは、いまさら私が申し上げるまでもなく、過去にも多くの預言によって、何度も指摘されてきたことです。人類は予め設定されたそのシナリオを、回避することはできないのでしょうか? これは、一人ひとりの心の持ちように掛かっているのです。ですから、騙されないでください。嘘を見抜き、どうか企みに同調しないようにしてください。

表のニュースしか知らない人にとっては、裏の話やそのまた裏などは考えも及びません。また裏情報を知っている人でも、その奥の話となると、眉唾にしか思えません。しかし、この多重構造は縦につながっていることを理解してください。そしてそれぞれの段階にみな、嘘の情報と、トラップ(ひっかけの罠)が仕掛けられているのです。

何を信用すべきかということは、私は申し上げません。もちろん私の情報も疑っていただいて結構なのです。ご自分の直感を信じて、イヤな感じがするもの、ムカムカするものは避けてください。「魂」が発する直感は嘘をつけないのです。欲望を刺激したり、虜(とりこ)にさせたり、怒りや憎悪や恐怖の感情を誘発したりするものは、すべてトラップです。

権威ある機関や、権威ある者の発言に惑わされないでください。言葉は嘘をつきますが、表情は嘘をつけません。言葉に注目するのではなく、表情を注視していれば、嘘であるかどうかが判ります。今の世界の混沌は、人類の今の「心」の結果であることに思いを馳せてください。世界を救えるのは、結局、一人ひとりの心の持ちようなのです。

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このことを書こうかどうか、非常に迷いました。私がどんな嘲笑を受けようともそれは構わないのですが、この情報が人々の役に立つことだろうか、と何度も考えました。しかし、今のタイミングで言っておくべきことだと判断して、書かせていただきました。
「闇の支配者」ということについて(2)
では「裏の裏」とは何か? それは大衆支配の構造です。世の中を動かしている影の仕組みです。昨今では、この支配構造がしだいに知られるところとなってきていますが、「表の裏」レベルで満足している人たちにとっては「そんな馬鹿な」としか思えないことなので、いわゆる『陰謀論』で片付けられてしまうことも多いのです。

しかし、いま私たちが乗っかっている文明社会というものは、何もないところから創り上げて来たもので、これが人類全体の暮らしやすさや、共通の利益を考えて創られたものだとは、必ずしも言えないということはお解りでしょう。その証拠に、東西冷戦時代にはイデオロギー対立があったし、今は宗教対立があり、所得格差問題や、難民問題も深刻です。

今の世界は、理想社会の実現どころか、資本主義とグローバル経済に完全に呑み込まれてしまっています。その頂点には「金融」という詐欺的システムが君臨し、その下に、エネルギーや軍需産業、食料、医療、通信などの多国籍企業が控え、これらが国家をコントロールし、さらに国家が、マスコミや教育をコントロールするという多重構造になっているのです。

各々の分野で働いている人は、こうした全体構造を知らされていないので、自分がその中に埋没しているなどとは、まさか夢にも思わないのです。またマスコミも、これらの構造の中でコントロールされており、一般視聴者、読者はそれらが垂れ流す報道を信じ込まされているのです。このようにして、全体構造が暴かれることは、最近まで殆ど無かったのです。

私がこうした構造があることを知ったのは、今から20年以上も前です。しかし多くの方と同じように、当初は半信半疑でした。特に、国家が多国籍企業の下に位置づけられているということの意味が、よく呑み込めませんでした。しかしその後、浴びるように海外ドキュメンタリーを見続けてきて、それが本当であることがようやく解って来たのです。

さて、このようなことだけでもにわかには信じられないという人も多いでしょうが、ここで当然次のような疑問が沸くでしょう。いったいその構造の頂点にいる者は誰なのか? これは、欧州ロスチャルド家、米国ロックフェラー家の二大財閥とその傘下の代理人家、欧州の王家などで構成されるグループで、その数は数千人だと言われています。

この人たちが、共同謀議(Conspiracy)を行って、これまで世界を思い通りに操って来たのです。これが「裏の奥」の存在であり、いわゆる「闇の支配者」とはこのことを言っています。その端緒は古く、18世紀末のフランス革命を起源とします。

この人たちはやり方は、対立する二大勢力をけしかけて戦争を起こさせ、両方にお金を貸し、両方に武器を供給するというもの。これ繰り返すことで肥え太り、支配力を向上させて来たのです。

1904年に起きた日露戦争で日本は勝利を収めましたが、この時に借りた膨大な戦費を完済できたのはなんと1996年のこと。この時の戦費は、当時日銀副総裁であった高橋是清が、ユダヤ人のヤコブ・シフという人から借りたものですが、ヤコブ・シフは欧州財閥ロスチャルド家の、アメリカ担当の筆頭代理人だったのです。

なぜ世界から戦争が無くならないのか。それは、大衆支配の頂点にいる人たちが、国家を操り、絶えず戦争を仕掛けているからなのです。過去の二度の世界大戦も、この人たちの演出です。「テロとの戦い」というスローガンからも分かるように、国家は常に敵をこしらえ、脅威を煽り、自分たちを正当化し、闘争心に火を点け、若者を戦場に送ります。

それでいつも犠牲になるのは一般大衆なのです。このカラクリに、もういい加減、気がつかなければなりません。国威発揚のプロパガンダに乗って(ジョージ・ブッシュの「テロとの戦い」ではアメリカ国民の7割が熱狂)戦争に駆り出され、現実を見てから「もう戦争はこりごり」と言う。それを何度も何度も繰り返しているのに、大衆はカラクリに気がつかないのです。(続く)
「闇の支配者」ということについて(1)
世界情勢は、いま正にカオス(混沌)の状態にあります。続発する地域紛争、近代兵器を駆使した大量殺戮。自爆テロや誘拐。それらの度に生み出されていく数百万人単位の難民。目を転じれば、環境問題が深刻さを増す一方で、従来の物質的価値に基盤を置いた欲望刺激や、経済の拡大成長志向は一向に止む気配がありません。

人々は、まるで大海に浮かぶ木の葉のように、これらの事象に翻弄され続けています。しかも、大海の全体像と実体を知らないために、自分たちが今どうなっているかさえ分からないのです。今日はその話をしたいと思います。

これから書くことは、いま世界で起きていることの、裏にある実体を理解するための参考にしていただきたいと考えてのものです。けれども、世間の常識とはあまりにも内容がかけ離れていますので、ある人にとっては目が開かれることでしょうが、ある人にはインチキ、あるいは誇大妄想のようにしか受け取られないことでしょう。

私たちが、世の中の動きを知る際の情報源としているもので最大のものは、マスコミを通じて流されるニュースです。あとはインターネットや、特別のルートを持っている人はそうした情報源、また自分の目や耳で直接確かめたといったものもあるでしょう。しかし大多数の人々は、やはりマスコミに依存している状態だと言えます。

そこには、「マスコミ情報は信用してよい」という前提が、暗黙の了解のようにしてあるのですが本当にそうなのでしょうか? 「マスコミは厳正中立である」このようなことを信じている人は、たぶんもうおられないでしょう。今や殆どの人が、産經新聞と朝日新聞とでは立ち位置が違うということくらいは知っています。

これ一つを見ても解るように、発言者というものは、よって立つ基盤の影響を必ず受けているものなのです。それが、社風であったり、スポンサーであったり、イデオロギーであったり、流行であったり、どこかからの圧力であったり、買収であったり、洗脳であったりと色々です。英語の「理解」という意味の「Understanding」は、下部に立っているものが解るという意味です。

マスコミにおいては、この下部に立っているものが私たちにはよく見えないのです。そこで私たちは、マスコミが伝える表のニュースだけを、本当のこととして認識してしまいがちなのですが実体はそうではありません。裏があるということです。戦時中の大本営発表が、意図的に国民を騙していたことは知っておられると思いますが、それは今も同じなのです。

ところが、この裏側も決して一重ではないということ。これが実にやっかいなのです。裏にはそのまた裏があるという具合で、次のようにざっと五重もの扉が控えているのです。これが、よく言われるところの「闇」です。そうしますと、人によって認識の程度が異なりますので、深いところを論じても通じない。みんな眉ツバものとか、陰謀論で片付けられてしまうのです。

その五重の扉を、 順番に見ていきましょう。

1.表がある
2.表の裏がある
3.裏の裏がある
4.裏の奥がある
5.奥の奥がある

「表」というのは、一般のマスコミで報道されているようなニュースです。大多数の人々はこれを本当のことだと捉えていて、それで満足してしまっているのですが、少数の疑り深い人は、その裏に何か隠されたものがあるんだろうと思う。例えば原発事故報道です。911テロ報道です。ところがマスコミの力は絶大ですから、多勢に無勢で、疑問を呈しても旗色が悪い。

こうした疑いを持つことは、チェック機構としては必要なものですが、日本ではその主戦場が週刊誌になってしまっています。ところが週刊誌は、政治的なことだけではなく、同一誌面で芸能人のスキャンダルやらエロネタを掲載しているために信用度が高くありません。海外では、カウンターメディアがあったり、ドキュメンタリーが盛んに作られたりしているのですが、日本ではこの分野が非常に手薄なのです。

さてそうなると、ここで一つの問題が起こります。「裏」を暴いたかに見えるものも、大衆不満の一つのガス抜きに過ぎなくて、その陰で本当の「裏の裏」は隠されてしまっているということです。見方を変えれば、「表の裏」情報も、所詮は操られたものということです。絶対的権力をマスキングするために、想定の範囲内で、大衆不満のガス抜きが行われているのです。(続く)
霊能者が語る「恐怖の予言」の類は一切無視してください(2)
「恐怖の予言」を無視していただきたい理由は他にもあります。
これにはリアリティの本質ということが関わって来るのですが、我々がよくいうところの「現実」とはいったい何か、ということです。多くの人は、「現実」の中で自分が生活をしていると、疑いなく思っています。しかし、果たして本当にそうなのでしょうか?

私たちが外の世界を認識する際には、五感という感覚器を使って、先ずそこにある信号をキャッチします。この信号を、神経を通して脳に伝え、脳がその情報を処理することによって、外界が認識されます。ところが、この「認識」が、誰においても共通だという保証は全くないのです。むしろ、全員違うといった方が正しい。

先ず感覚器の性能が違う。視力の良い人、悪い人。耳の良い人、悪い人。鼻が利く人、利かない人。味が分かる人、分からない人。様々です。

それと、我々が何かを知覚する際には「選択的集中」というものが起きています。例えば、会議室でマイク録音をしますと、後で聞いて色々な音が入っていることにびっくりされるでしょう。しかし会議中は、発言者の声に「選択的集中」をしているために他の音は聞こえないのです。これはその他の感覚器についても同じです。

次にこの信号を脳に送って、脳が情報処理をするのですが、脳は過去に蓄えた情報を瞬時に呼び出して解釈をしようとします。例えば「あ、この香りは前に嗅いだことがある」などです。そうしますと、過去体験した情報の蓄積具合によって、みな処理が違うということになります。

さらに、そこから生じる感覚や感情も、それぞれで全く異なるのです。同じ食べ物を前にしても、ある人は「美味しそう」と思い、ある人は「私これ嫌いなの」と言う。これらのことから解るように、外界の「認識」には、何段階ものバイアス(歪み)が掛かっており、人それぞれだということがお解りいただけるでしょう。

では改めて「現実」とは何でしょうか? 我々は「現実」そのものをキャッチすることはできません。それは不可能です。我々が「認識」できたものは、それぞれの人間が、自分の頭の中で拵えたイメージだけなのです。これが、その人の「リアリティ(Reality)」です。

つまり「リアリティ」と「現実」とは違う。人間は「リアリティ」は分かるけれども、「現実」というものは永遠に理解不能なのです。このリアリティは、個々人で少しずつ違う。けれども我々はそこを曖昧にとらえていて、共通性があるような事柄に対して「名前」を付けて、それが「現実」だと、思い込んでいるだけなのです。

例えば「太平洋戦争」の記憶と言ったときに、史実は一つとみな思い込んでいるし、教科書にも誰かがまとめたものが載っているわけですが、「太平洋戦争」を体験した人は、全員が異なる体験を語る筈です。それがその人の「太平洋戦争」の「リアリティ」です。

我々が「現実」だと思い込んでいるものは、実は錯覚に過ぎないということがお解りいただけたでしょうか? 「現実」は幻(まぼろし)。我々にあるのは、個々人の「リアリティ」だけなのです。

ではその「リアリティ」は誰が創っているのでしょう? その人、本人の「想念」です。同じ人間を見ても、悪人だと思えば悪人になるし、善人だと思えば善人になってしまう。その相手とは関係なくです。よく言うところの「思いは現実化する」というのは、実はこのことを言っているのです。

さて、「恐怖の予言」をあなたが信じたとしましょう。すると、その思いは現実化する方向へと梶を切り始めます。「想念」は一つの波動エネルギーですから、多くの人が同じ「想念」を持ちますと、この波動が共鳴しあって、大きなエネルギーの塊を作り出します。結果として、「予言」が成就する方向へと展開して行きかねないのです。
高次元の霊的存在が、そんな馬鹿なことをする筈がないことくらいお解りいただけるでしょう。結局のところ「恐怖の予言」というものは、低い波動の存在が霊能者を使って混乱を作り出し、それを見て喜んでいるという低級なものに過ぎないのです。それを真に受けていたら、あなた自身がエネルギーを吸い取られ、低い波動に落ちてしまいます。

そうならないように、「恐怖の予言」の類は一切無視してください。それよりも、「今ここ」を明るく朗らかに生きて、自分を役立て、人々のためにもなるような活動で瞬間々々を満たしてください。それだけが唯一の幸福への近道なのです。(完)