by Rainbow School
<< February 2020 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 >>
<< 新春・大阪セミナーの御礼 | main | あなたは誰あれ? ―― 自己承認欲求の本質 >>
あなたが創る「現実」という名の幻術

この世には「時間」というものが存在する。これは、地球という物質世界を生きる人間にとって、ほぼ100パーセント近い共通認識となっています。なにしろ、日常行動のあらゆるものが時間軸を基に決められているのですから。そこに疑問を差し挟む余地など全くありません。そのくせ、「時間とは何か?」「なぜ時間は不可逆なのか?」という問いに答えられる人は、どこにもいないのです。なんとも不思議ですね。

 

これこそ恐るべき洗脳。そうは思いませんか? 人が「洗脳」状態にある時には、それが洗脳だとはよもや気づかない、とよく言うでしょう。「時間」が存在するという洗脳は、宗教よりも、ねずみ講よりも、お金よりも、経済成長よりも、さらに強力な洗脳です。人類がほぼ全員そう思っていて、何ら疑うことをしていないのですからね。(お金は、「無いけど、まあいいや」って人はいるでしょう)

 

この結果、将来の幸福実現のためには、自分に襲いかかって来るであろう競争を何としても勝ち抜いて行かなくてはならないという価値観を抱かされ、同時に、実現しない場合の不安感に苛まれるようになってしまったのです。でも、その「時間」は、見せかけのものに過ぎないんだよ、という話を先日しました。覚えておられますか? 今日はそれに続く、「現実」は見せかけのものに過ぎないんだよ、というお話です。

 

実に、「時間」と「現実」こそは、人類を縛る二大幻影なのです。この二つが幻(まぼろし)であるということに気づき、「なるほど!」と自分の腑にストンと落ちて、さらに体細胞と一体の感覚にまでなったとしたら、その人は、もう覚者となっていることでしょう。「時間」と「現実」は幻に過ぎない、と心底から理解した暁には、「今を生きる(Be here now)」ということも、「ありのままでいい」ということも、同時に体得しているはずですから。

 

その時には、古代から変わらず言われ続けて来たことが、「ああ、ほんとうだったんだ」「その通りだったんだ」と、きっと感慨に耽ることになるでしょう。

そのチャンスが、今なんですよ! もの凄く強力なエネルギーが追い風となっています。ですから、あなたの持てる炎を、この機会にぜひ燃やしていただきたいのです。

 

あなたのアセンションを阻む最大の障害は、「自分には出来ない。ムリだ」という思い込みです。そんなものはどうぞ取っ払ってください。

 

なぜ、あなたは生まれたのですか?

あなたを造ったものは、何者ですか?

 

「それは、両親の子造りアクションで‥‥」

そういうことを聞いているんじゃありません。

あなたである「意識」のこと。つまりあなたという「魂」をですよ。

 

“それ” は、なぜあなたを造ったのですか?

“それ” が、あの人とこの人を差別するとお思いですか?

するとしたら、なぜ? 何のために?

空海には出来ても、あなたは絶対にムリ、とでも言うのですか?

同じ「人間」なのに。

 

そんなことはない。

殺人鬼だったアングリマーラだって、アセンションしたんですからね。

 

だから、出来る、出来る、出来る。

2020年、あなたへのゲートが開く!

Just do it !

 

中学校の美術の時間に、石膏デッサンをした経験がありませんか? モデルを使った人物デッサンというのでも結構です。その時の様子を思い出してみてください。あなたは、他の生徒と一緒に、対象物の周囲に扇型に椅子を配置した中の一つに座り、自分の位置から見えた石膏像を画用紙に描いています。授業が終わった後で、それぞれの作品が壁一面に貼られます。たくさんの石膏像の絵が並んでいて壮観です。

 

さてそこで、その授業に参加した人たちは、貼られている絵を眺めて、みな同じ時間帯に「石膏デッサン」をしていたという「現実」を、共通体験したのだと認識します。それは、わざわざ「認識」という言葉を使うまでもない、当然の思いとして受けとめられています。ところが、本当はそうではないということは、他ならぬ、壁に貼られたその絵が証明しているのですよ。

 

「うそォー。同じ現実を体験したことを証明しているんじゃ‥‥」って。

そう思う? あなたも?

解りませんか?

よ〜く見てください。壁に貼られた絵には、同じものは一枚もないのですよ。ぜ〜んぶがちょっとずつ違う。

 

同じであることは、絶対にあり得ません。なぜなら、そもそも座った位置がみんな違っているのですから。視点の位置が、全員異なっているのです。さらに、その位置から見て、対象物のどこに注目したかがそれぞれの人で異なります。石膏デッサンではそれが判りにくいかも知れませんが、戸外の写生では違いは大きく出ます。さらにさらに、表現の仕方がみな違います。線の細い太いや、色の薄い濃いなど。

 

まとめますと、

〇訶澄viewpoint)が異なる。

知覚・認識が異なる。

GЪ韻靴燭海箸寮依・表現が異なる。

と、三段階のフィルターが、その人が「現実」だと思っている「リアリティ」に被さっているということが、その絵から解ります。

 

つまり、あなたが「現実」だと思っているものは、どこまで行っても、所詮はあなたが知覚・認識した個人的「リアリティ」でしかないのです。あなたが「現実」の〈ありのまま〉を捉えることは不可能です。外界の認識は、必ずあなた固有の知覚器官と情報処理のプロセスを経て得られる。その過程で、いま話したあなた固有の三つのフィルターを通過することになり、その「現実」だと思う認識は、必ずやあなた流の歪みを生じてしまうのです。

 

早い話が、それは「現実」ではなくて「虚実」なのですが、ほぼ例外なく、人間はそれを「現実」だと見なして、会話をしたり、論理構造を組み立てたりしているのです。これは、「時間」と並び、人類を縛り続けている、恐るべき「洗脳」だと言えます。

 

TVニュースで、「これこれ、こういう事件が起こった」という報道を目にしたり耳にしたりしますよね。みなさんは、なんの疑いもなく、ああ、そういう「現実」が起こったんだなと受け止めます。ですが、みなさんは「現実」を全く見てはいないのです。見ているのはTVニュースであり、しかもそれを自分の三つのフィルターを通して受け止めているだけです。「虚実」に「虚実」を被せて、「現実」だと思い込んでいるわけです。

 

さて、石膏デッサンの現場に戻りましょう。よく見れば、「現実」などなかったということが絵によって証明されているのに、でも、その場に居合わせた人たちが、みな同じ「現実」を体験したと思うのはどうしてでしょうか?

 

それは、大まかな点で、互いの辻褄が合う部分があるからです。各人の「虚実」を突き合わせて、中央に「まあ、こんなものかな」という像をこしらえる。その結果、実際には、誰一人「現実」を把握できる者はいない、という根本原理はあっさり無視され、そこに居合わせた人たちで、これが「現実」だったと思うものを共通認識として「創造」してしまうのです。そう、それはまさに創造。想像の産物なのです。

 

しかしここで、個々の「認識」とは別に、それでもなお「現実」というものは存在しているのだ、と考えてみましょう。そのように思われる方も、きっと多いだろうと思います。「現実」は実際に存在しているのだけれども、ただそれは誰かの「認識」によってしか捉えることが出来ないだけ、という考え方です。ところが、この考え方は、量子力学では明確に否定されているのです。(量子力学の観点については、また別の機会にお話ししましょう。)

 

けれども、量子力学という権威を持ち出すまでもなく、誰かの観測と「認識」によってしか、外界は把握できない、という点は動かしようがありません。

 

*ここで新企画を。「宿題その 廖Г海療世鯲狄笋垢襪函宇宙(神)が、なぜあなたという存在を創ったのか、という理由の一つが解ります。瞑想をなさって、この点について考えを巡らせてみてください。

 

さて、ここまで説明しても、なお「見る」ことと、「創造」することは違うのではないか、と仰る向きもおられるでしょう。ごもっともです。「現実」を見ることは不可能なのだということはまあ解ったと。でも、「現実」(だと思い込んでいるもの)を自分が「創造」しているというのは、どうもピンと来ないと。

 

しかし、あなたが「見た」つもりになっているものと、あなたの「認識」とは、常に一対一で対応した関係になっているということに注目してください。ここで「認識」とは、自分の産物なのですから、自分が「創造」したものです。ゆえに、あなたは、あなたの「現実(だと思うもの)」を絶えず創造し続けている、と言えるのです。

 

人はよく「客観的に」といった言葉を使いますね。私も時に使うことがあります。しかし、いま言ったことをよくよく考えていただければ、純粋に「客観」と呼べるものなど、実はどこにもないということがお解りでしょう。「客観的に」と言っているものも、結局は、全部が誰かの「主観」でしかないのです。このことは、非常に重要な事実を突きつけます。みなさんは、この宇宙を、各々の「主観」でしか捉えることが出来ないのです。

 

そこで、このようなことが言えます。

宇宙とは、あなたの主観の産物である。

 

どうでしょう? 頭がクラクラして来ましたか?

 

あなたは宇宙を見る。

その宇宙は、あなたが創造する宇宙である。

どこにも客観的宇宙などはない。

あなたは、あなたが創造した宇宙しか見ることが出来ない。

よって、宇宙はあなたなのであり、あなたは宇宙である。

 

凄い結論ですねぇ。

「現実」は幻という話をしていたら、だいぶ横道に逸れてしまいました。

 

*ここで「宿題その◆廖р堊曚鬚覆気辰董△海離屮蹈奪の「宇宙」という言葉を「神」に置き換えて考えを巡らせてみてください。さらに凄いことになりますよ。

 

話を再び、石膏デッサンの現場に戻しましょう。あなたはその日、学校に行きたくはなかったので、授業をサボることに決め、学校近くの公園に出かけます。そして、公園内の木々や、花や、ベンチや、ブランコを眺めてひとり楽しく時を過ごします。この時あなたは、「石膏デッサンの授業」という「現実創造」には、加わらない選択をしたのです。代わりに、公園で花やブランコを眺めて過ごす「現実」を「創造」したのです。

 

最初の選択である「石膏デッサンの授業」への参加。この「現実」の創造には、多くの人間が加わっています。これらの参加者や、その場にあるものが協同してその時の「現実」を創り上げているのです。一方、あとの公園に行った体験では、誰にも会うことがなかったとしましょう。でも、木々や、花や、ベンチや、ブランコが集合して、同じようにあなたの「現実」を協同して創り上げているのです。

 

実は、これらのものにも意志があるのです。あなた方は物には意志はないと思っているでしょう。でも、高い山が大昔には海の底だったという話を聞いたことがありませんか? それはごくゆっくりではありますが、地殻も動いているということを物語っています。つまり、地球は生きているのです。そして、地球から生み出されたもの、さらにそこから加工されたもの全てにも、いのちがあるのです。「宇宙とは何か」という定義の一つは、間違いなく「生命」です。

 

ですから、あなたが創る「現実」は、これらのものが複雑に絡み合いながら、協同して創り上げているのです。そして、その中では、あなたは常に主役です。誰かの脇役であることは、決してありません。よいですか、全員が主役なのです。このようにして、あなたの「現実」の「創造」のために、今現在のあなたにとって必要かつ有益なことが、いつも完璧に用意されているのです。ただし「有益」とは、あなたという「魂」の成長にとってということです。

 

このように、この世は、すべてが、行き当たりバッチリ! なんですよ。

あとは、そのことに、あなたが気づくかどうかです。

 

さて、今ここに挙げた事例から、どのようなことが学べるでしょうか?

先ず第一に、あなたは、ご自分の意志で、たくさんの選択肢の中から「現実創造」を自由に選べるのだということです。

第二に、その「現実創造」の〈あり方〉(気分的あり方、感覚的あり方)を自由にデザイン出来るということです。

そして第三に、その「現実創造」は、実は幻なのだということです。

 

このことから、さらに次の結論が導き出されます。

 

あなたは、この、あなたが創る「現実」という名の幻術を、自分の成長のために、利用することが出来るのです。

もう一度、言いましょう。

あなたは、この、あなたが創る「現実」という名の幻術を、自分の成長のために、利用することが出来る。

 

これが、今日お伝えしたいメッセージです。

 

*ここで「宿題その」:幻という「現実」を「創造」しながら生きる人生に、果たしてどんな意味があるのかと、瞑想をして考えを巡らせてみてください。

 

みなさんの理解力が上がり、次の段階の真理を求める声が多くなって来ましたので、今日はこのような話をしました。

 

わたしたちは、あなたが目覚めることを応援しています。

いつでもあなたのそばにいて、呼びかければすぐに応える用意ができています。

 

叩けよさらば開かれん。求めよさらば与えられん。

望めば、天の門はいつだって開かれるのです。その用意があるのです。

それを阻んでいたのはあなたの側。

2020年、今度はあなたのゲートを開けましょう。

そして、わたしたちが伸ばした手を、しっかりと握り返してくださいね。

Open your heart.

 

親愛なるあなたへ 永遠の友より