by Rainbow School
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激動の時代を生き抜くには

昨年の秋以降、金融・経済の奥の院に通じた人たちが、世界恐慌のリスクが非常に高まって来ているとみな揃って告げています。明けた今年、2020年には資本主義そのものが揺らぐほどの大クラッシュが起こるだろうと、何人もの人が予測しています。もっとも、そう言われてから20年近くも今の金融システムはが延命し続けているので、今年もどうなるかは分からないのですが、膨らまし続けている風船がいつかはバーン!と破裂するというのは、物事の道理です。

 

それと、注目すべき動きとして、いま世界各地で大規模な市民デモが続発しているのです。フランス、チリ、アルゼンチン、エクアドル、コロンビア、ボリビア、ハイチ、香港、インドネシア、レバノン、ヨルダン、イラク、イラン、アルジェリア、ジンバブエ、チェコ、モンテネグロ、セルビア‥‥。ちょっと前にはギリシャでも大規模デモが起こりましたし、お隣の韓国では、市民デモはまるで年中行事のようにして起きています。

 

その規模が、みなケタ外れの大きさになっているのです。日本のメディアがそれをどう捉え、どのような扱いをしているかを知らないのですが(何しろ10年以上、新聞もテレビニュースも雑誌も見ていない)、ここには、時代変化の大きなうねりというものが顕著に現れています。デモのきっかけは各国で異なっていて、それは公共料金のちょっとした値上げだったりするのですが、「ブチ切れる市民」という同じ怨嗟の感情が、世界同時多発的に広がっているのです。

 

さて、この現象を、どう見ればよいのでしょうか? 貧困と、格差と、失望に対する怒りが背景にあることは間違いないでしょう。

ですが私は、これは、第三次世界大戦が「縦の戦争」として始まったのではないかと見ています。

 

過去の二度の世界大戦やその後の冷戦は、みな国と国やイデオロギーの対立といった、いわば「横の戦争」でした。しかしそのあとの、宗教間対立や民族間対立というに横方向の戦争は、いずれも地域限定的なものに留まっており、未だ世界大戦化には至っていないのです。

 

軍産複合体とそのエージェントたちは、かねてより予定していた第三次世界大戦をどうしても起こしたい。そこで、謀略の火種をあちこちに蒔いて来てはいるのですが、今のところその試みは成就していません。911までは計画通りだったのですが、シリアのアサド政権が踏ん張ったことが大きかった。これ以降、彼らのシナリオがどうも狂って来たようです。

 

その代わりに(と言うと語弊がありますが)、対立のエネルギー軸が「横」方向から「縦」方向へとスライドして来ているのです。911以降、「テロとの戦い」という、戦っている相手がいったい誰なのかも判然としない戦争が18年も続いた結果、世界中の人々が疲れ果ててウンザリし、さすがに「これはおかしいぞ」と気づき始めたのではないでしょうか。

 

足元に目を落とせば、搾取的労働と貧困がどの国にも蔓延している。国家の指導者たちが、いくら戦争の「大義」を叫んでも、結局は貧しい人たちが、別の国の貧しい人たちの生活を破壊しに行っているだけじゃないか、ということが分かり始めたのだと思います。

 

加えて、政治の裏情報や機密情報の暴露が相次いで、人々が、長い歴史の裏に隠れた真実を「知る」ようになった。そうなると、「もう騙されないぞ」「向かうべき敵は別方向にある」、つまり「縦」だと気づく人々の、世界的ネットワークが出来て行く。もちろん、その気づきには温度差があり(なにしろ、依って立つ基盤がひっくり返るのですから)、そのことで市民間に激しい分断も起きています。

 

しかしこれからは、従来型の「横の戦争」を仕掛けたい戦争屋と、「縦の戦争」つまり市民による「革命」と、「革命」のフリをした戦争屋の裏工作とが、相入り乱れて綱引きを展開することになるでしょう。ただし、日本では「革命」は起きません。日本は万事「空気」が物事を決定する社会ですから。日本が変わるとすれば、いつものように、世界の顔色を伺いながら、必要に迫られてズルズルとなし崩し的に変わって行くことになるのでしょう。

 

この他にも、環境問題やテクノロジーの問題など、重要な変化ファクターがまだまだありますが、全般的に見て、2020年は「地球の大変革」に向けていよいよ最終章の幕が開いた年、と言っていいと思います。

 

さてそこで、今日お話ししたいテーマです。20という数字が二つ並んだこの年を前にして、またぞろ変なことを言い出す霊能者が登場したということを耳にしました。よくもまあ次から次へと考え出すものだなぁと感心します。これまでにも、アンゴルモアの大王とか、フォトンベルトとか、惑星直列だとか、ポールシフトとか、象徴的な年の節目節目で、そのような人類の危機を声高に煽る人たちが登場して来ました。

 

このブログの影響力は微々たるものなので、暖簾に腕押しかも知れませんが、こうしたことの繰り返しからも、いい加減に人類は解放されなくてはなりません。いや、解放される時が来たんだよ、ということです。決して、そのような危機はあり得ない、と言っているわけではありません。かねてより、起きる時には起きる、と言っています。ただ、そのようなことを心配して暮らしていても仕方がないでしょ、と言っているのです。

 

なぜなら、これも繰り返し言って来たように、

 

第一に、あなたたちが現実だと思っていることは、みな幻に過ぎないからです。

第二に、人生の目的は、この幻を(魂であるところの自我が)いかに体験するかに掛っているからです。

第三に、一見、辛く苦しいように思える体験も、すべてはあなたを成長させるために用意されたギフトだからです。

第四に、体験時の心情や解釈は選べるのであって、その選び方が、明日のあなたを形づくっていくからです。

第五に、ですから、どのような体験をしている時も、常にハッピーだと感じていれば、一生ハッピーでいられるのだということです。

 

この際、みなさんに知っておいて欲しいのは、霊能の有無と、霊性の高さとには全く相関はないということです。

 

話を解りやすくするために、霊能と霊性の二つの軸に対して、それぞれ高低を設定した四象限を考えてみますと、

 

[酣修盥發、霊性も高い

⇔酣修歪磴い、霊性は高い

N酣修蝋發い、霊性は低い

の酣修癲⇔鄒も低い

の4パターンができます。

 

このうち、,旅發の酣修鰺しながらも同時に霊性も高い、というような人物は、極めて稀にしか登場することがありません。仮に登場したとしても、大衆の前に姿を表すことはほとんどないのです。大抵はひっそりと隠れるようにして生きている。歴史上にその名を残す預言者も、当時の活動範囲はごく限られたものに過ぎず、みんな後世になって、偉大な人物物語に仕立て上げられたのです。(そのことで、また人間は自分を縛ることになってしまうのですが‥‥。)

 

ところが、の霊能は高いけれども、霊性は低いという人物は、かなり多く存在するのです。この人たちが、霊界の法則を無視した勝手なことを言い出しては、人々を惑わせるのです。みなさんの多くは、霊能者はみな特別な存在だと思っていますから、霊能者のご託宣をそっくり信じては、恐怖心を募らせたり、ただ言われたままの行動を盲目的に取ったりして、自分というものを見失ってしまうのです。

 

今回、私が驚いたのは、2020年に「霊界の法則が変わる!」と言っておられる方がいることです。変わらないからこそ「法則」なのにィ‥‥ (;´o`)。もうビーックリです。そもそも霊界というのは時間のない世界。永遠の今しかない世界です。その時間のない世界が、どうして「変わる」というのでしょうか? どうやったら「変わる」ということが、時間のない世界で起こり得るのでしょうか?

 

一方、私たちが住む物質界は、逆に変化し続ける世界。常なる状態というものが決してない「無常」の世界です。でもそれだって、時間が連続しているように感じているのは錯覚であり、実は霊界と同じように、物質界にも「今」しかないのだ、ということは前に詳しく書きました。物質界での出来事は、実は霊界にある想いの、三次元スクリーン上に投影された映し絵なのです。

 

「霊界の法則が変わる!」と言っておられる方は、もしかしたら、これを混同して言っておられるのかも知れません。物質界で起こると予想される激変に対して、「霊界の法則が変わる!」とセンセーショナルに語っているのかも知れません。しかし、たとえ物質界で激変(カタストロフィー)が起こったとしても、それらはみな「霊界の法則」の範囲内であって、「霊界の法則」が変わることなど決してあり得ないのです。

 

身の周りの小さな出来事も、超ビッグなカタストロフィーも、みんな「波動の法則」と「カルマの法則」に従って起こる出来事であるということには、いささかの違いもないのです。

 

にも関わらず、こうした刺激的なことを言う霊能者がしばしば出現するのは、人々がそうした危機を煽る情報にめっぽう弱い、という性質につけ込んでいるのです。そのウィークポイントをセンセーショナルに刺激することで、人々の耳目を自分に集めたいのです。その裏には、それによって、名声を得たいとか、お金を儲けたいとか、組織を拡大したい、といったエゴに駆られた目的があります。

 

しかしそういう方たちも、その段階に合致した人々の気づきには貢献しているわけですから、声高な非難は出来ないのですが(なぜなら自分も通った道だから)、出来れば次のステージに進んでいただけたらなと思います。

 

みなさんが耳を傾けるべき相手は、の人物ではなく、△凌擁です。路地裏に、村々に、その人たちがいます。穏やかな笑顔をいつも絶やさず、ただ黙々と働いている人を見なさい。その人たちこそが本物です。教えを乞い友とすべき真の相手です。

 

波動を感知(それは特殊能力ではなく、訓練によって誰もが獲得できます)出来ない段階の人にとっては、何が本物かを見分けることは難しいでしょうが、次に示す簡単で確実な見分け方があります。

 

それは、

 

第一に本物は、あなた方を恐怖に導いたり、不安を煽ったりするようなことは、絶対にありません。

その理由は、前の段に、五つの箇条書きとして示しました。付け加えて言えば、宇宙は一者ですので、自分が自分を脅し、それに恐怖を感じる理由など、どこにもないということです。

 

第二に、本物は、決して対立構造を描きません。善が悪を駆逐するという物語を語ったものはすべてニセモノです。

この理由も簡単です。宇宙は一者だからです。二元は対立しているのではなく、互いに補完し合っているのです。光があるから影ができ、影あるところ必ず光があるのです。

 

この二つを肝に命じて、今後あなたが遭遇する様々な情報を、このフィルターに掛けて見れば、それが本物かニセモノかは直ぐに判るのです。

 

*ちなみに『虹の学校』の HPに推薦図書の紹介ページがあるのですが、ここで紹介している本には、この二つの要素は全くないということにお気づきください。

 

最後に、これからの激動の時代を生き抜くための智慧をお伝えしましょう。世の中が大きく動く時には、様子見をしていてはダメです。波が小さい時には様子見も結構でしょうが、大波が来る時にじっと動かずに様子見をしていたら、気がついた時には波に呑み込まれてしまいます。

 

みなさんは、ご自分が、時代の大きなうねりの上に浮かんだ無力な小舟に過ぎない、と思われているかも知れません。ですが、ここで大胆な発想の転換が必要なのです。それは、うねり任せで浮かぶ小舟から、うねりを起こす側に自分が回るということです。しかも、今までとは違った価値観によって。そんなこと出来るの? 出来ます。そして、これこそが、時代変化の方向を決するのです。

 

つまり、あなた方の集合意識の「あり方」が、次の時代を創造するのです。

 

ひっくり返ることで起こる混乱を心配するよりも、どのようにひっくり返った方が、今の社会をもっとよい方向に変えられるかを考え、行動を開始することです。どのようにひっくり返れば、安心して生活が営めるのか。どのようにひっくり返れば、子どもたちが伸び伸びと自由に成長できるのか。どのようにひっくり返れば、思いやりと活力のある社会ができるのか、etc.。

 

生きる上での価値観を根底から問い直すのです。

2020年、「革命」ではなく、令和「以心」をこの日本から成し遂げましょう。

そして、そのハートを世界に「伝心」しましょう。

 

あなたが、それを強く想い描いて行動すれば、不安は楽しみへと変わります。絶望が希望へと変わります。ですから、それを実行してください。不安や恐怖を煽るようなどんな情報にもケ・セラ・セラで接してください。あなたの心の奥底に巣食う不安を、全部追い出してください。心の中を、楽しい企画で満たしましょう。唄や笑い声で満たしましょう。思いやりや助け合い精神で満たしましょう。

 

そして、幻の世界を、思う存分楽しみ、味わい尽くしましょう。

それが、あなたという「魂」の、大いなる成長を約束するのですから。