by Rainbow School
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「支配」という手段による One World の実現は不可能

「強さ」とは、腕力があることでも、権力を所持していることでもありません。本当の強さとは、一切の「怖れ」がないことです。ですから、女性であっても、老人であっても、か細い体型であっても、貧乏人であっても、一人ぼっちであっても、病人であっても、死が真近な人であっても、「強い人」であることは可能です。それは、その人の「心のあり様」の問題なのですから。

 

ところが、現代人はそれとは真反対に、生活のあらゆる場面で、心の中に「不安」や「恐怖心」を掻き立てられるような瞬間がとても多くなっています。それは、俄かには信じられないでしょうが、意図的に計画された大衆操作なのです。この操作が、 不安の雲で厚く覆われた現代社会を作り、 恐怖と怯えに付け入ることによって、一元的に管理できるロボット人間(奴隷)を大量に生み出す基礎となっているのです。

 

「そんな馬鹿な!」と思われるでしょう。それがもし本当だとしたら、あまりにも巧妙だから。でも何度も言いますが、埋没している時には、人は自分がそこに嵌められているとは気がつかないものです。しかし、直感的に「これは変だ」と感じている人も中にはいるのです。けれども、そのシステムから脱出しようとする者には、逆に「お前の方が変なのだ」と言い、「心の病気」や「発達障害」というレッテルを貼っては牢獄に閉じ込めてしまうのです。

 

実に頭のいい恐ろしい手法です。なぜなら、それが最も安上がりで、かつ効果的な「大衆支配」の手段だから。「暴力」を使った支配は、手段としては低級であり、もはや時代遅れなのです。暴力を使えば意図がすぐにバレてしまいますし、民衆の反発を招いてやり返されるおそれもあります。でも「恐怖心」を抱かせる方法は違う。情報をちょこっと操作するだけでよいのです。

 

それだけで、大衆はすぐに反応し、頭の中の構造そのものを勝手に書き換えてくれるのです。「流れに従わなければ大変だ」「流れから落ちこぼれたら大変なことになるぞ」と思い込んで。そして、反抗しそうな分子に対しては、「心の病気」のレッテルを貼ってしまえば、見えない牢獄にぶち込めますし、その費用も「薬」の購入という形によって、本人が自己負担してくれるのです。大衆に貢がせながら支配する。なんと素晴らしいシステムでしょうか。

 

これが、「大衆洗脳(Pubric brainwashing)」という方法による、人類の今の「支配」のあり方なのです。無駄のない完璧なシステムです。暴力的な強制が一切必要なく、従ってそのための費用が要らず、大衆は、自分を奴隷化していく費用を自ら拠出するのです。時には借金までして。このようにして、ロボット人間が次世代のロボット人間を再生産するという「Automata」の仕組みが、遂に完成の域に達しました。

 

富める者はますます富み、大衆は自ら進んで、嬉々として、この仕組みに飛び込み、貧しい奴隷になって行くのです。須磨穂にすっかり汚染された人々の姿をご覧なさい。目を皿のようにして、画面の向こう側にある世界に釘付けになっています。みんなが夢中です。本人は、自分が自分のための情報を仕入れていると思っていますが、反対にコントロールされているということが解らないのです。まさに、埋没している時にはそれとは気づかないという典型です。

 

*でも須磨穂は、最終的なコントロール兵器というわけではありません。次があります。人体に直接チップを埋め込むことが既に開始されていますし、その次には機械とのハイブリッド人間が生産されます。そして最終的には「人間は不要」という結論に至ることでしょう。

 

そのような社会にしたい人間たち(闇の支配者)がいて、それに喜んで従う大衆がいる以上、この変化の流れはもう止まりません。しかしそこで諦めてはいけません。私たちは、そのシステムの土台の上に転がされて生活しているので、そこから逃れることは不可能のように思えるかも知れません。しかし「意識」はいつでも自由になれるのです。そこに希望を見出してください。

 

それは、決して「ほのかな希望」といったものではなく、それこそがことの本質なのです。あなた方には今なお信じがたいことでしょうが、あなた方が「現実」と称しているものは、所詮はみんなで創り上げている演劇なのです。ですから、演劇の世界の中に居て、自分の配役を自分がどう演じ、それをどのように認識するかが、あなたという個人にとっての「在り方」のすべてなのです。

 

このことに気づけば、「現実」だと思い込んでいるところの、実は「幻の世界」を相対化でき、その世界の中に居てちゃんと生活しながらも、決して埋没することはなく、同時に「真実の世界」を生き抜くことが可能なのです。ですから、この巧妙な「大衆洗脳」の手段をしっかりと見抜いて、あなたがそれに従わなければよいのです。そして、従わない人間が増えてクリティカルマス(臨界量)を超えれば、世の中は変わります。

 

では「大衆洗脳」は、具体的にはどのような手段を講じて行われているのでしょう。「大衆洗脳」の最大の道具として機能しているのは、言わずと知れたマスメディアです。今日、マスメディアに真実報道は殆どありません。すべてが嘘であり、大衆操作のために使われていると言っても過言ではありません。それは、マスメディアの所有者のほぼすべてが、闇の支配者の実権の中に握られているからです。

 

しかし大衆の多くは、今なおマスメディアの報道を真実だと信じており、その情報に日常的に接するのが習慣となっています。それはまるで餌づけされた犬のようです。ニュースの後に朝ドラ、モーニングコーヒーを飲みながら新聞、を生活パターン化している人も多いのではないでしょうか。そして、それを補完しているのが学校教育、およびメディアに登場する有識者と称する人々です。さらに周辺を、様々な社会的機関や制度や大衆商品が取り囲んでいます。

 

支配者は、先ず義務教育を通して、子どもと親に、ものの「考え方」の基準(優劣や、従属することや、報償と懲罰、といった基本概念)を刷り込んで行きます。この刷り込みに従わない子どもには「発達障害」のレッテルを貼って、劣等のランクに位置づけるのです。要するに、ロボット教師が「扱いにくい(マニュアルからハミ出すので)」子どもたちというだけなのですが、そういう「社会的認知」を作って、恐怖支配に再利用しているのです。

 

そして、この刷り込みを完了した人間を社会に放ち、社会の奴隷化システムの中で、さらに完成品に仕上げて行く訓練をするのです。このようにして、すっかり洗脳体質が身についた人間に、マスメディアを通じて(意図的に改竄した)世の中の動向を伝えるのです。ここに、有識者のお墨付きを加えればもう完璧です。誰も疑う者のいない「大衆洗脳」システムの完成です。

 

でも、「ヘンだな?」と思ったことがありませんか? パンデミック(伝染病)にしろ原発事故にしろ、最初は不安を煽るだけ煽っておいて、どうして情報はいつも尻切れトンボで終わるのでしょう。芸能人逮捕のネタは定期的にメディアに登場するのに(しかも人々の生活にはなんの関係もない!)、どうして政治家およびその周辺の犯罪(人々の生活に大いに関係がある!)はいつもウヤムヤにされたままで終わるのでしょう。

 

どうして、アメリカの仮想敵、ロシアやシリアやイランや北朝鮮(かつてはリビア、イラク)は、悪辣な独裁者に支配された国であると、同じように日本のメディアも断じた上で報道をしているのでしょう。私から見れば、アメリカおよび日本の指導者の方がずっと悪人面をしているように見えるのですが。街には活気はないし、周囲はみんな生活が苦しいと言っているのに、どうして「いざなぎ超え」の好景気なんでしょう。

 

最近になって、統計の不正が明るみに出たりして、政府のあまりのデタラメぶりに、さすがに「これはおかしい」と気づく人が少しずつ多くなっては来ています。でもそれが、「大衆洗脳」システムの基盤の上に載っかったものだとまで気づいている人は、いまだ極々少数です。でも、そこを隠し続けることはもはや出来ません。弥縫(びほう)を繕えば繕うほど、逆に裂け目は大きくなって行くのです。

 

これは何度も言って来たように、暗闇を照らす光が強まっているためです。この光は眼には見えませんが、闇を好む人々にとっては心地よいものではありません。そこで、さらに蓋を被せようと焦るのですが、その蓋には以前のような遮蔽効果はもうないのです。ですから、今まで通りを望む人たちはホトホト困っています。ゴリ押しがいよいよ効かないとなれば、次には弾圧という手段に打って出ることでしょう。

 

ですがみなさん。ここで、権力者や支配者をやっつけようなどと思ってはなりません。インターネットを見ますと、いろんなセクトに属する人たちの非難の応酬の言葉で、あっちもこっちも溢れかえっていますよね。目には目を、歯には歯を。「こいつの正体を暴いてやるぞ」といった。でもこれは、「魂」的に見れば、冒頭で語った「暴力」による支配と同じくらい、低いレベルの動物的反応なのですよ。

 

あなたが「このヤロー」とか「コンチクショー」とか「やっつけてやる!」と思えば、あなたは、あなたの内側に、そのような意識的な存在(エネルギー)を創り出します。その人は気がついてはいませんが、怒りや、ムシャクシャした気持ちは、自分の「心グセ」が創造したものなのです。その証拠に、たとえ同じものを見ても、反応というものは人それぞれなのです。怒る人もいれば、怒らない人もいるのです。

 

自分では、それが特定の相手に向けた(あるいは相手側からもたらされた結果の)感情であると思っています。ですが、そうではありません。自分が創造した感情によって、自分に苦しみを与えているのです。これが、そのようにして〈課題に向き合わされることになる〉という「カルマ」の働きなのです。そしてこの感情は、あなたの体細胞を確実に傷つけます。しかし人はそれを知らずに、「正義」などという勝手な理屈を持ち出しては自己を正当化してしまうのです。

 

いったいなぜ、今のこの時代があるとお思いですか? 先ほど、この世で展開されていることは、すべて「演劇」なのだと言ったでしょう。あなた方には、今のこの「演劇」を通じて、過去に人類が達成できなかった、次の次の次元に、今度こそジャンプして欲しいのです。地球のジャンプは、既に決められていることです。あとは、人間がそれに合わせてジャンプ出来るかどうかです。

 

今、長年(数百年、数千年、数万年)に渡って隠されて来た「闇」が、もの凄いスピードで一気に暴かれていくという事態が生じています。この現象も、人類の総体として見れば、人類の「支配構造への気づき」を与えてくれている役割を果たしているのです。それは何かと言えば、「支配」対「被支配」という構図ではなく、一人の中に両方が存在しているということなのです。ここに気づくかどうかです。

 

程度問題はあれ、誰もが支配者になり、また被支配者にもなっているのです。ご自分の家庭内を見てください。社会の最小単位の家庭にすらそれが認められるでしょう。ですから、特定の支配者をやり玉に挙げて拳を振り上げることは、自分の中にもある「支配」的な想いを、相手に投影していることでしかないのです。この応酬を、みんながインターネットを通じて、いま盛んにやっているのです。

 

人は、自分が見たいものを相手に見るのです。撲滅すべきは、特定の支配者ではなくて、自分の中に巣喰う支配的な想い、支配的な言動、またそうしたものへの同調、そして被虐的な鬱屈、その鬱屈を他の誰かにぶつけたいという闘争的な感情です。これらが残っている限り、その人の、今回のアセンションはない! 実に、ここが重要なポイントです。

 

いま言ったものを、あなた方が一斉に手離せば、「支配」の構造自体が自動消滅してしまうのです。ですから、闘う必要はありません。「闘え!」と叫ぶ声に同調する必要もありません。それをしたら元の木阿弥。人類はまたもや進歩の機会を失います。あえて言えば、闘いとは、自分の中にある「怒り」や「エゴ」や「執着」をどうやって撲滅するかという闘いなのです。

 

あなた方が「支配の構図」に目覚めて、その策略の中に落ちなければ、支配者は支配したくとも存在できないのです。すべては同じ構図です。政治も、経済も、宗教も、家元制度も。お神輿を担ぐ人がいなくなれば、お神輿の座に納まる人も出て来れなくなるのです。担ぐ人がいるから権力者が誕生するのです。この単純にして奥深い真理に、今後どれだけの人が気づけるかが、人類の分岐点です。

 

誰かが、他の誰かの自由を奪う「支配」という構図によって、「One World」を実現することは、宇宙的に言って不可能です。あり得ません。なぜなら「支配」は、〈わたしとあなたとは違う〉という「分離」を出発点としているからです。エリートたちは結託して、一時期は「支配」を実現させるでしょう。しかし「分離」を基盤とする彼らは、最後には必然的に仲間割れを起こしてしまいます。歴史を見てください。全部がそうなっていることが解るでしょう。

 

やはり、単純なようですが、すべての「分離」意識を超越した「愛」以外には、「One World」の実現は不可能だということです。キリスト愛というのは、そのことを言っています。古代から同じことがずっと言われ続けて来たのですが、ついぞ人類はそこに気づけませんでした。そして今回がラストチャンス。いま進行している現象についての、あなたの「ものの見方」が問われているのです。

 

長年にわたって隠されて来た「闇の世界」を暴露することは、それはそれで必然であるし、結構なことです。しかし、そのような世界を創って来たのは、人類全体の連帯責任であるというところに、目を留めなければ、人類としての飛躍はありません。貧富の格差にせよ、環境汚染にせよ、戦争やテロにせよ、あらゆる差別にせよ、人類みんなが〈力を合わせて〉その「演劇」を創作して来たのです。

 

そこを理解する人が、今後どれだけ増えて行くことになるのか。いま語ったことは、世の中に流布されている一般的な考え方とは、あまりも掛け離れた視点であるために、人類全体が背負っているこの課題に気づく人は、最初はほんの僅かに過ぎないでしょう。でも、あなたには、そのほんの僅かの連帯の輪の中に加わって欲しいのです。そして周囲に、真実の「愛」を届けて欲しい。本当の「光」を発して欲しい。

 

まだるっこしいようですが、それしかありません。

ご覧なさい。すでに最高のお手本があるじゃありませんか。

 

あなたを創ったのは何ものですか?

宇宙を創ったのは何ものでしょうか?

生命を与えたのは何ものなのでしょうか?

その奥にある全き「愛」を感じ取りなさい。

 

あなたと “それ” とは、イコールなのですよ。