by Rainbow School
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男の課題、女の課題(2)「枠組み発想」社会からの脱出

地上に男女の別があるのは、「物質界においては、あらゆる存在(表現物)が、必ず陰陽の極性を宿している」という、宇宙の根本原理に基づいた一つの在り方なのです。これまでにも何回か紹介した「陰陽太極図」は、万物が、この両極の渦(回転)によって成り立っているということを象徴的に表現しています。図中の二つの形は魚に見えなくもないので、「陰陽太極魚図」とも呼ばれています。

 

*西洋でも、これと同じく二匹の魚が向かい合う双魚宮の印があります。

 

さて、この両極の中に、反対色で目玉が描かれていることにお気づきでしょう。これはそれぞれ、陰中陽、陽中陰と言って、それぞれの極性の中にも、反対の極性の目(芽)が含まれているということを表しているのです。

 

ですから、これを性別に当てはめますと、女性の中にも男性的要素はあるのであり、男性の中にも女性的要素があるということを示してくれているのです。ということで、この点に注目すれば、男女が互いを理解し合う(それは「愛」の一つのあり方)ということの意味、そして、「魂」の完成形は中性になることという意味も、自ずと解って来るのです。

 

ところが地上では、男は男らしく、女は女らしく、といったことが必要以上に強調される傾向にあります。そして、これを実現すべく、互いの性を意識させるファッションやグッズや化粧品が大量に作られているのです。これらは人間の恋愛感情に作用し、ひいては子孫を残すことにも繋がってはいるのですが、反面、肉体美や行動様式にも特定の価値観が当てはめられるという傾向を強めて来たのです。

 

その結果、その価値観の枠組みから逸脱する者には「アブノーマル」のレッテルが貼られるようになりました。ですが、よくよく考えてみれば、自分は「マジョリティ」だと思い込んでいる人たちの方が、より縛りがキツいということでもあるのです。なぜなら、「ノーマル」という檻の中に入れられ、それが当然だと思い込んでいるわけですから。その洗脳状態に、まだ気がついていないということなのです。

 

男たるものこうあるべき、女たるものこうあるべき、と主張する。それは、自分が率先して、自分自身を縛り付けている縄(=ワナ)なのです。しかしこれは、宇宙における「魂」の進化という点から見ますと、そのような執着にいつまでも捉われている段階にあるということです。これが、地球人の次の霊的進化へのステップを、大きく阻害しています。

 

LGBTがいま社会問題として扱われるようになったのには、それへの「気づき」を促す意味があります。LGBTをきっかけとして、男性性、女性性に関するそれぞれの課題を、今一度考えてみなさいということなのです。単に生殖や子孫存続ということではなく、また男らしさや女らしさということでもなく、もっとその先をです。

 

総じて、男性はいま危機にあります。これは染色体レベル(Y染色体)で見ても崩壊が進んでいるのですが、今世、男性であるところの「魂」が、社会が提示し続ける男性的枠組みに、もはや耐え切れなくなって来ているのです。どういうことかと言いますと、時代環境変化と、人間の内面的変化との間に、著しい乖離と軋轢が生じて来ているのです。それが、現象面で見るところの、いわゆる「草食系男子」の増加に表れています。

 

「草食系男子」が増えるということは、「魂」の中性化ということで言えば、「退化」ではなくて「進化」なのですが、しかしそう捉える人は殆どいないのです。大多数の人が、これまでの延長上で「子孫の存続」を考えていますし、政治家は「population」の観点から「少子化対策」などということを言い出すものですから(実効はまったく上がっていませんが)、男性の「草食化」はむしろ由々しき問題のように捉えられています。

 

しかしここには、無理(宇宙の理に適っていない)があるのです。「草食系男子」の内面は、(宇宙的な)時代変化の兆候を、直感としてちゃんと捉えているのです。人類が、中性的に進化して行く段階に来ているということを。けれども、「それではマズい」「そんな傾向は承認できない」と考える人たちがいて、これまでの延長を、あの手この手を使って強いるのです。この同調圧力の強さに、「植草食系男子」たちはもはや耐えられないのです。

 

しかもそれは、マッチョイズムに冒された人たちから見ると「弱さ」に見えるのです。確かに、「草食系男子」には、ある種の「弱さ」が見られます。

 

でも、ここで考えてみてください。「強さ」とはいったい何でしょうか? 「強さ」とは、腕力のことでも、闘いに勝つことでもありません。究極の「強さ」とは、「怖れ」が一切ないことです。言い換えれば、自分を完全に解放し切っていること。いついかなる時にも Open Heart であり続けている人ほど、強い存在はないのです。闘争や防衛意識を駆り立てるものの正体は、逆に「怖れ」であり「弱さ」なのです。

 

もう時代はとっくに変化しているのに、その直感が働かずに、古色蒼然の価値観で、なおもあなたを縛り付けようと、たくさんのものがあなたに襲い掛かって来ます。「さあ、何してるんだ。お前もリングに上がれ」と。「そして闘え!」と。でも、そんな罠に引き摺り込まれる必要はありません。「いや、結構です」「興味がありません」と言えばいいのです。そして、自分に強く言い聞かせるのです。わたしはわたしだ、と。

 

しかしそのためには、先ずもって、世の男性たちは男性特有の「枠組み発想」という思考グセを打ち捨てなくてはなりません。男性というものは、自分のアイデンティティを、ある「特定の枠組み」への帰属意識の中に見出そうとする傾向があるのです。何かに所属している自分が自分だ、という考え方です。それは、男性性に元来そのような性質があったところに、しつけや教育がそれを強化する刷り込みを与え続けて来た結果です。

 

ですから、一般的に言って男性は、ひとたび「枠組み」に入れば馬車馬のように働く一方で、そこから外れると、たちまち元気を失くして鬱になってしまったりするのです。とりわけ、万事が「右にならえ」でやって来て、マイオピニオンを持つ訓練を積極的にして来なかった日本人男性は、この傾向が非常に強い。すると、「枠組み」から出されたり、そこに入れないことは、大変な恐怖となるのです。

 

この心理構造が、現在働き盛りの年代にある男性たちに、過重なストレスを与える大きな要因になっています。なぜなら、自分が受けて来たしつけや教育が、「特定の枠組み」へ帰属することを前提として目標が組み立てられていたのに、いざ就職の年齢に達した時には、求人がない、よい就職先がない、正社員になれない、賃金も安い、一度やめたら再就職が難しい、など前提そのものが崩壊していたからです。

 

いわゆる就職氷河期世代の人の中には、大学卒業時に就職できなくて、モラトリアム(猶予期間)のつもりで大学院に進んだけれども、大学院を卒業したら年齢のために更に就職が難しくなってしまった、以来、派遣労働者として働きながら正社員への道を探っているというような方がおられます。その境遇を見ると可哀想ではあるのですが、なぜそこまでして「就社」にこだわり続けるのか、という面も原点から考えてみる必要があるのではないでしょうか。

 

「就職」が即「就社」を意味するようになってから久しいですが、本来はそうではなかったはずです。「就職」というのは、文字通り「職」に「就く」ということであって、自分がどのような「職」を仕事として選び、身につけるかということを意味しています。それは、あくまで自分で自分をプロデュースするということであり、会社に選んで貰うということではなかったはずなのです。ここに、「就活」がシステム化したことによる壮大な錯覚があります。

 

けれども、女性たち一般には、男性のような「枠組み発想」は殆どありません。ですから、女性たちからすれば、男性のこの「枠組み発想」というものは理解不能の世界であって、実に下らないものに映るのです。そこで夫婦間では、このスレ違いを巡って、しばしば衝突が起きるのです。前近代には、男はそれを避けるために「男の仕事に女は口を出すな」と言っては防波堤にしていたものです。

 

*女性の男性化の悪い面として、「枠組み発想」に突き進む女性もいることはいます。

 

しかし、これからの男性たちは、それが本当に下らないことだと「気づく」必要があるのです。もはや時代にそぐわない上に、地球の進化としても、その段階に至ったということです。なぜかと言うと、権力者はこの男性の「枠組み発想」を利用して、男たちを上手にコントロールし、働き蜂や兵隊になるように仕向け、何世紀にも渡ってコキ使って来た歴史があるからです。それは、地球に残る集団のカルマであり、超えなければならないハードルなのです。

 

権力者たちは、今もなおもその仕組みを維持しようと躍起になっていますが、肝心の男たちの方は疲れ切って、もう着いていけなくなっている。ということで、今や男性陣は行き倒れになり掛かっているのです。そこで、男性のこれからの課題としては、女性たちに見習ってもっと自分を女性化して行く。そのことを肯定して、より中性に近づいて行くということが求められているのです。

 

それだけを聞くと、従来の思考でがんじがらめになっている人には、唐突に、また違和感をもって感じられるかも知れません。が、まさにそこ、その違和感。それこそがブレークスルー・ポイントなのです。

 

男の「枠組み発想」は、元々はメス獲得の願望から生じたものです。動物的な本能であるこのメス獲得の願望を達成するためには、ある時代から「枠組み」に入ることが有利に作用したのです。それは、原始的な果たし合いを男が止めてからです。でも、メスを獲得したい男は、本能として、自分以外の男性をたえず値踏みし、相手の力量を計るというクセが抜けません。無意識的に、他の男に勝ちたいという衝動を抑えられないのです。

 

そこで、腕力の代わりに、権力で相手をギャフンと言わせたいという思考に変わって行ったのです。これが、男性が、所属や地位や肩書きに強いこだわりを持つ理由です。しかしこのことは、一方で過適応を生み、自分を規定する「枠組み」こそが自分だとの錯覚を創り出しました。その結果、先ほども述べたように、「枠組み」に入ることが目標、入れれば安心、そこから外れることは恐怖、という感情を抱くに至ったのです。

 

この「思い込み」が、どれほど、現代に生きる男性の解放を妨げていることでしょうか。これまでにも何度も言ってきた通り、それは、単なる「思い込み」に過ぎないのです。そういう「枠組み」を提示して「リングに上がれ」と言う方も、そして「枠組み」に嵌められて「そうしなくちゃな」と思う方も、ともに協力しあって、そのような錯覚の世界を創り上げているのです。

 

女性の一部は、それが男性特有の錯覚の世界であることに既に気づいています。しかし、男性はほとんど気づいていません。それは、男性というものが、どうしようもなく「枠組み発想」であり、幼少時からそれを徹底的に叩き込まれて来たからです。ですから男性は、知り合いが一人もいないような集会場所に、たった一人で出かけて行くということが出来ません。自分が値踏みされてしまうことが怖いのです。

 

男性たち、特に草食系と言われる人たちには、ここを乗り越えて行って欲しいのです。メスの獲得を巡って、もうカンガルーのボクシングのような殴り合いはしなくなった。その代わりに「権威」で横っ面を引っ叩くようになりました。これからは、それさえも乗り超えて行くべき時代が来たということです。大切なのは融和であり、そのためには自己の解放(Open Heart)が何より前提になるのです。

 

だから、

 

ありのままでいいのです。ありのままであれば、他者から値踏みされる恐怖も生じませんし、他者を値踏みする眼を持つ必要もありません。

自分をさらけ出す勇気を持ちなさい。そうすれば、肩の荷が下りて、楽になるから。なぁんだ、こんな簡単なことでよかったのかと、気づくから。

 

婚活産業は、年収がどうだとか、身長がどうだとか、容姿がどうだとかと言います。でもそんなことを条件に挙げる女性は、最初から相手にしないことです。だっておかしいでしょう? そういう女性は、いったい何と結婚したがっているのか、よ〜く考えてみてください。本質と付属物とが逆転していますよ。こんな罠に巻き込まれてしまったら大変、破綻は目に見えていますよ。

 

現代という時代は、婚姻関係が「生活を共にするベースキャンプ」という発想が強過ぎるのです。誰も彼もが損得を第一に考え、「ベースキャンプ」を得する場にしたい、またしようとする。でも、結婚で大事なのはそこではありません。婚姻生活という場で為す仕事を通じて、お互いが人間的、また霊的な成長を果たすということです。あなたが選ぶパートナーは、その覚悟に同意してくれる人であるべきです。

 

それに世の男性たちは、どうすれば女性にモテるかということについて大きな誤解をしています。婚活産業が、モテる基準というものを提示するものですから、それらをすっかり信じてしまい、自分が基準を達成できていないことに妙に萎縮してしまったり、逆に自分は基準を達成しているんだぞと見栄を張ったり。涙ぐましい努力をしている人たちを見かけます。

 

そういう人たちに言ってあげたい。あなたは、いったい何人の女性と結婚するつもりなのかと。底引き網に引っ掛かって来た中から、ベストの一人を選びたいのでしょうかしらねぇ。でもね。喩えは悪いですが、のんびり釣り糸を垂れている時に喰いついて来た魚も、一匹は一匹なんですよ。そして、次が肝心。どのような方策を取ったとしても、「縁」ある「魂」は最初から設定されているということです。出逢うものは出逢うのです。

 

あとは、「波動の法則」が「縁」を選ぶ。だからこそ、「Open Heart」が大事なのですよ。「Open Heart」に勝るものはない。あなたが、いつも「Open Heart」でいれば、同じように「Open Heart」である人が、その波動に惹かれてやって来ます。女性を敬い、出しゃばらずに、偉そうにせずに、周囲の人たちにただただ誠を尽くしなさい。それが、いちばんのモテるコツです。

 

さて、一方の女性たちの課題です。総じて、女性たちはこの半世紀で大きな進歩を遂げました。それは、もともと持っていた良好な性質に加えて、様々な社会的タブーが過去半世紀に一気に取り払われ、そこに聡明さがプラスされたからです。もともと持っていた性質というのは、身の廻りの細かな仕事に、倦まず弛まず取り組める粘り強さを持っているということです。

 

これは素晴らしい特質で、「倦まず弛まず」ということが、いちばんの霊的進化を約束してくれるのです。一方、男性はこれが苦手で、「大志」というロマンに惹かれ、日々の細々としたことには眼が向かないだけではなく、そんなものには価値がないとすら思っているのです。結局これが、男性が「枠組み発想」に流れやすいということに繋がり、逆に女性は「枠組み発想」に陥りにくい元になっているのです。

 

こうした結果、霊的進化という点においては、今や男性は、女性との間に大きく水を開けられてしまっているのです。その表れは、この「虹の学校」でも顕著に見られ、接触して来られる人の95パーセントが女性という、極端な女高男低が見られるのです。しかし、政治・経済の社会は、ふた回りも遅れていますから、未だに錯覚が解けない男性たちがウヨウヨいて、延命策を続けているのが実情です。

 

ところで、いま女高男低と書きましたが、あなたの現在の性に照らし合わせることは、ほどほどにしておいてください。何度も言うように、「魂」は輪廻転生するのです。今世、男性であった「魂」が次は女性に、女性であった「魂」が次は男性にということは、充分にあり得ます。両方を味わい尽くすのが輪廻転生の目的なのですから。ですから、女高男低という現象は、両者で考えなくてはならない課題なのです。

 

その上で、今後は、先行した女性が、男性を引っ張るという形になって行きます。しかしそれには、男性が、これまでの誤りを認め、反省し、素直になって、ハートを開くということが前提条件です。けれども、面子にこだわる男性には、なかなかそれが出来ません。しばらくは辛抱が必要です。焦ることなく、あなたが「Open Heart」になることで、周囲の男性たちを「Open Heart」に導いて上げてください。

 

さて、いま挙げたのは、霊的に先行している女性たちですが、もちろん女性全員がそうというわけではありません。女性の特質として、もう一方に、感情に流れやすいという点と、物欲に染まりやすいという面があります。今の社会は、これらをさらに刺激する方向へ動いていますので、その罠に簡単に嵌ってしまう人も、一方ではたくさん出現するということになります。

 

こうして今後は、霊的により進化する人たちと、低い波動に堕ちる人たちとが、極端に分かれて行きます。そのことによって、人間社会はますます混乱の様相を呈するようになりますが、そこを長い目で見て通過することが大切です。どのような段階にある「魂」であっても、その時に選んでいることは、その「魂」に取っての真実なのです。そこを汲み取ってあげてください。

 

すべては、たった一つの到達点へと続く旅です。どんな「魂」も、必ず、最後はそこへと行き着くのです。そこに希望を見出してください。そして、先ずあなたが「Open Heart」の心で、日々を生き抜いてください。それが、周囲の人々を明るく変え、ひいては地球全体を救うことに繋がります。あなたが明るくなることと、周囲が明るくなることはイコールなのです。

 

なぜなら、もともと一つだったのですから。