by Rainbow School
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自分の声を聴くということ

ひとの声に従って生きるのは楽です。なぜなら、「迷い」に直面して自分で「悩む」という機会がそれだけ減るから。そこで多くの人は、自分の意思決定の様々な機会を、他の誰かに肩代わりして貰う道を選びます。家庭では親に、職場では上司に、学校では教師に、クラブではコーチに、病院では医師に。その他、多くの問題は、その道のカウンセラーやヘルパーと称する人に。

 

霊的分野も例外ではなく、宗教では教祖や先達に、スピリチュアル系では霊能者のご託宣や、カバラや、占いに頼ろうとします。要は、自分をロボットにして生きることを、現代人は暗黙のうちに選択しているのです。それどころか、自ら進んでロボットになる道を選ぶのです。でも考えてみてください。自分の行動を自分で決められない動物など、他にいるでしょうか?

 

近代というのは、工業生産と都市化が著しく発達した時代(大衆消費社会)で、そういう社会を造るためには、同じような思考と行動様式をとる、多数の「ロボット人間」が必要でした。教育の義務化。みなさんが信じている学校矯育は、そのために編み出されたものなのです。そこでは、先輩ロボット教師が、次世代のロボット人材をまた育て上げるという、まさしくオートマタの増幅システムが構築されたのです。

 

*オートマタ(Automata、複数形)、オートマトン(Automaton、単数形):自動機械人形のこと。自分と同じようなオートマトンを作るようにプログラミングされたオートマトンが、オートマタをどんどん増やして行く。

 

それは、新たな宗教と言ってもよく、そのシステム自体を否定したり、そこからドロップアウトする者は異端審問に掛けられ、みな落伍者(落ちこぼれ)のレッテルを貼られたのです。とりわけ日本は、周囲への同調圧力が強く、個人のオピニオンを尊重するという風土がまるでありません。「あら、いい和ね」「私もそうする和」といった感じで、万事を「空気」が決めて行く。それをまた、みなが良しとしているのです。

 

しかし、近代というものが明らかな曲がり角に来たなかで(それは、大衆消費、大量廃棄、奴隷労働、環境破壊、激甚災害、食品汚染、薬物汚染等々の現象に端的に見られる)、近代の、このロボット化矯育システムや、強欲資本主義をまだ続けたいと願う権力者と、そこにぶら下がる者たちがいて、時代の変化(それを創っているのは、人々の意識の集合体)との間に、いまや大きな裂け目が生じているのです。

 

恐らくあなたも、その裂け目から発せられるギシギシという軋みの音を、日々感じ取っておられることでしょう。

さて、それで、あなたはどうするのか? どうしたいのか?

この先、どう生きるのか? それがいま、問われている。

そこで、

 

「自分の内なる声を聴きなさい」ということになるのです。

 

とは言っても‥‥。自分のどんな声を聴けばよいのか、迷うところでしょう。あなたには同時にたくさんの声が聴こえるはずです。「やっちまえ!」「いやダメだ」「冷静になれよ」「許すんだ」「そっと見守ろう」「愛せよ」。あるいは、「自分を信じろ」と言っても、自分の何を信じればいいのか、たくさん聴こえて来る声のどれを信じればよいのか、判らないことでしょう。

 

しかしそれでも、あなたは自分を信じなければならないのです。多くの人は、その覚悟がないために、権威あるものにすがろうとします。親であったり、先生であったり、師と仰ぐ人であったり、組織の幹部であったり、有名人であったり、霊言を下す人であったり、またその言葉であったり、伝統的なしきたりであったり、聖書・聖典の中の言葉であったり、と。

 

その刹那から、その人の「ロボット人生」が始まるのです。そして、最も大切な「自由」を忘れて、自分以外の他者に操られる自分になる。しかも、自ら喜んで。ここには大抵、スケールの罠が仕掛けられています。入門者、弟子、師範といった、階段を駆け上がって行く仕組みが。そのスケールの罠に、みんな嵌められてしまうのです。でも誰も、それが罠であるとは気づきません。それが、この世の中の常識だから。

 

入門を果たせたら嬉しい。弟子と認められたらさらに嬉しい。師範になれたら、さらにさらに嬉しい。自分はもう特別なんだ。よーし、この流儀・流派を、自分はしっかりと守って行くぞ。これを次の世代にも広げるぞ!

しかし、この罠は、いつかは罠であることが明らかになります。みんなが信じている間は、それが罠であるとは気づかない。でも信じることを止めた時には、ピラミッドは一挙に瓦解する。

 

それが幻想に過ぎないと解ってしまう。だから、そこに自己のアイデンティティを完全に預けてしまっているような人は、それが幻想だと気づいた時には、アイデンティティ・クライシスを起こしてしまうのです。頭のいいエリートたちには、それが薄々分かっているから、危機が迫った時には、その恐怖に耐え切れずに、みな保身に走ろうとするのです。「魂」の成長にとって、最も大切な、素直で正直で誠実であろうとすることを一切止めて。

 

他者の声に従って生きるのは、一見楽なようですが、地上に生まれたというせっかくの学習機会を、まるで活かしていないということになるのです。幻想を幻想だと認めずに、いくら踏ん張り通したところで、あなたはどの道ドンデン返しを迎えます。人が「死」と呼ぶ瞬間を迎えた時に。だとすれば、もっと早くに気づいて、「魂」の自由を追求した方が、ずっと有意義だとは思いませんか?

 

ですから、賢明なあなたには、あなた自身の内なる声に静かに耳を傾ける姿勢と習慣を身につけて欲しいのです。それを貫いて欲しいのです。さて、元に戻って、たくさん聴こえてくる声の、一体どれを信じたらよいのかという問題です。ここで重要なのは、「どれを信じればよいのか」という、正に「良いのか?」という部分です。多くの選択肢の中で、あなたは「良い」選択をしようとします。この「良い」とは、何を意味しているのでしょうか?

 

あなたが、もしもエゴ的な尺度を当てていたとしたら、そこでの「良い」とは、自分のエゴを満足させることになります。でも、「魂」的な尺度を当てていたとしたら、「魂」の成長を図ることが「良い」と思うのです。さらに進んで「霊」的な完成を目指していたとすれば、あなたは霊的な尺度を当てて、どうすることが「良い」かという声を聴くことになるのです。

 

つまり、あなたは、あなたの「今の成長段階に応じた自分の声」を聴くことになるのです。逆に言えば、現在の成長段階に応じた声しか、あなたには聴くことが出来ません。これが、よく言われる「すべては完璧」の意味なのです。あなたは、ご自分の選択行動を「良いか、悪いか」で考えようとする。それが心グセになっています。しかしそれは、あなたという「魂」の成長から見た場合には、すべてがドンピシャなのだということ。

 

この意味が解りますか? ですから、霊的世界には、「良い」以外にはあり得ないのです。

 

あなたは、大海から生じた一滴の雫です。この雫は、誕生すると雨つぶとなって地上に落ち、同類の仲間を集めながら、次第にチョロチョロ流れる小川となり、最後は大河に合流します。この大河は、途中どんなことがあったとしても、最後の最後は、元の大海へと還るのです。この大河の流れに身を任せれば、すんなり帰還することが出来、途中で岩にしがみついたり、窪地に落ちたり、逆行しようとすれば、抵抗に苛まれるのです。ただ、それだけのこと。

 

ですから、あなたが、この真理を認めて、流れに身を任せるような生き方をして行けば、(つまり、ありのままに物事を見て、素直に正直に誠実に生きて、純粋さを尊び、直観を大切にすれば)、万事がよいように進展するのです。ただし、繰り返しになりますが、この「よい」は、エゴ的に「良い」ことではありませんからね。

 

波動の法則によって、通常状態にある時には、あなたは、今のあなたの振動数に近い領域の波動しか知覚することが出来ません。このことは、〈同じ本であっても、どの箇所にアンダーラインを引くかは、それぞれの人によって違う〉という喩えを使って何度か語って来ました。Amazon でも、同じ本の評価に☆5つを付ける人もあれば、1つという人もありますよね。それ以前に、そもそも、その本に巡り合わない人の方が圧倒的多数です。

 

ですから、あなたが、もしも「霊性の向上を目指して生きる」と決めた人であったなら、今よりも高みを目指すということを常に意識しつつ、毎日のこの瞬間瞬間を送ることが大切です。階段は一歩一歩、着実に登って行くしかないのです。でも降りる(堕ちる)のは簡単です。手摺りにチョコッとお尻を乗っければ、一気にスーッと降りられる。これが、パックリ口を開け、あなたを待ち受けている罠です。

 

でも、光への道に、近道はないが早道はある。なぜ、何種類もの声が、次々とあなたに聴こえるのでしょうか? それは、取りも直さず、あなたが多次元的存在であるということを示しています。一次元、二次元、三次元、四次元、五次元、時には六次元からの声も聴こえることがある。しかし、高次元からの声は、自分をよほどピュアな状態に保っていない限り、低い波動によってすぐに掻き消されてしまいます。

 

あなたの意識は決して一つではありません。各次元に対応した、たくさんの意識チャンネルを同時に持っているのです。でもテレビの第1チャンネルを視聴している時には、第4チャンネルは映りませんよね。それと同じで、今どのチャンネルにチューナーの針を合わせているかによって、受信できる声が違うのです。ですから、高い次元(ハイヤーセルフ)の声を聴くためには、低い次元のチャンネルは閉じなければならないのです。

 

私がしばしば、スマホの害を指摘するのは、そのことが理由です。須磨穂の国からは、絶えずあなたを罠に落とし込もうとする低い波動がやって来ます。これに一度嵌ってしまったら、手摺りをピューッと滑り堕ちる快感から、もう逃れられません。そうなったら、高次元の声はもちろんのこと、通常の意識状態の声すらも聴こえなくなってしまいます。そうやって、気づかぬうちに、既にみんなソンビにされてしまっているのですぞ!

 

では、この『気づきの啓示板』はどうなのか? 「このブログだけは違う」なんてことは言わない。やはり虜になったらゾンビになる。あなたをゾンビにさせる要素は、ここにもある。だから、気をつけたまえ!

 

信じてはダメだ。信奉したらなお悪い。納得いかない言葉も鵜呑みにして、従おうとしてはいけないよ。すべては、あなたの道の、両側に広がる風景に過ぎない。このブログに書かれてあることは、あなたが歩く道端に落ちている、ただの石ころや棒切れだ。あなたは、その中から「おっ」と目に留めたものを拾い上げる。それは、ただ今このタイミングで、あなたが、〈自分の意思〉で開かせた、自分のチャンネルなのだよ。その〈主体性〉を、強く意識して毎日を生きなさい。

 

だから、高いチャンネルを開くためには、それなりの訓練と準備をしなければなりません。その手段が、他ならぬ「瞑想」です。止まる瞑想、歩く瞑想、坐る瞑想。この3つを日常生活に積極的に組み込むことによって、あなたは「瞑想的」日常生活を送るようになります。そうすれば、五次元の扉が開いて、遂にはそこからの声が主体の人生となる。こうして、その人は、三次元の物質世界にいながらにして、同時に五次元世界にも生きる存在となり得るのです。

 

この時、その人からは「悩み」が消える。なぜなら、真の自分(真我)に従って生きる自分になるのですから。わたしはわたし。もう迷いはない。そしてそれは、その先に、神我と一体となる我(大海の一滴)を見出すのです。ですから、先ずは真我の発見を目指しなさい。そのために、瞑想を、日常的手段として用いなさい。そうすれば道は早い。

 

自分を信じて、自分の声を聴くのです。