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「輪廻」は思想ではなくて観察結果
「輪廻」思想という言い方がありますよね。仏教学者でも、時にそういう言い方をされています。でも「思想」というと、そのような「考え方」があるといった意味合いで、本当は定かではないという建前に立っています。ある意味、腰が引けちゃっているわけですね。

ところが腰をグッと入れると、今度は「信じる」という話になってしまうので、それは学問的態度ではない。ということで、学者は「◯◯思想」とか、「◯◯主義」とか、「◯◯派」といった言い方にして、客観性をもって眺めているというポーズを取ろうとするのです。

でも違うんですよ。「輪廻」は思想なんかじゃない。観察結果の報告なんです。

夜空を見上げると月が出ている。毎日観察すると、一定の周期で満ち欠けを繰り返しているのが分かった。それは観察の結果です。それを「月の満ち欠け」思想とか、「月の満ち欠け」主義とは言わないでしょう? 「輪廻」はそれと同じなんです。

同じようなことで、西洋に「グノーシス(Gnosis)」というのがあります。これも「グノーシス主義」とか「グノーシス派」と言って、一つの「考え方」という位置づけにされています。でも「Gnosis」は、ギリシャ語で「智慧」という意味で、要するに「知っているよ」ということなんです。

何を? 宇宙の真理を。これも、観察結果で得た智慧なんです。

ただ、観察方法がちょっと特殊というだけです。通常の五感じゃなくて、六感、七感、八感を使う。ブッダが覚りを開いたといわれるのは、どういう瞬間だったでしょうか? 苦行を止めて菩提樹の下で瞑想をしている時に、人間の過去世を観察して、「輪廻」と「カルマ」の関係を発見したんです。自分の六感、七感、八感を使ってね。

「輪廻」のことは、それ以前にもバラモンから聞いて知っていました。つまり知識はあった。それを今度は自分で観察してみたら、確かにそうだと。しかもそれだけではなくて、「輪廻」と「カルマ」の関係まで理解した。さらに、宇宙の理法(dharma)までも理解した。それがブッダの覚りです。眠りからの目覚めです。

ところが、六感、七感、八感を使う技術というものを、殆どの人は知りませんし、また知ろうともしないですから、「覚り」を「悟り」に置き換え、観察結果を、頭でこねくりまわした「思想」なんだ、という風に置き換えてしまったのです。

そうじゃないんです。難しい屁理屈などいらないんです。六感、七感、八感を使う技術を磨きさえすれば、誰にでもそれが解る。解るんだから「信じる」必要はない。「信じる」必要はないから「宗教」は要らないんです。

この技術を持った人が、少数ながら古代から居て、その人たちはみな同じ「観察結果」を報告して来たのです。ですから、霊的知識というものは世界共通。東洋も西洋もないんですね。近年になってたくさん語られている臨死体験の「報告」も、殆ど同じパターンだというのは、それが「観察結果」だからなのです。

「信じる」のも止める、「思想」にするのも止める。ただただ、自分の霊性を磨けばよいのです。そこに、多くの人が気がついてくれるといいんだけれど。