by Rainbow School
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情報が肥大すると、かえって行動できなくなる
長野の山奥と東京を行ったり来たりしています。電車で東京に向かった時には、大宮で新幹線から在来線に乗り換えるのですが、その際には一瞬、立ちくらみを覚えます。当たり前のことなんですが、情報の量と質の差に圧倒されて、頭がクラクラして来るのです。

先ず、自分に突き刺さって来るのは、駅の中も電車の中も、広告だらけだということ。これが痛い。それぞれの「こっちを見ろ!」という主張が、ピアノの鍵盤を両腕で叩いた時のような不協和音となって、こちらを襲って来ます。その状態に慣れるまで、10分くらいかかります。

次いで、電車内のほぼ全員がスマホの画面に釘づけになっている光景と、そこから発せられる強いエネルギーに押し潰されそうになってしまいます。なぜみんな、こういうツールをやすやすと受け入れていくのでしょうか? 人間をとりこにしたり、コントロールしたり、支配したりするのは本当に簡単なんだなぁと、つくづく感じます。

ドアの上のモニターには、消費者金融の PROMISE の広告が踊っています。音楽事務所社長の谷原章介さんのところに新人が売り込みに来る。二人の演奏を聴いた谷原社長はレコーディングを即決。空いているスタジオを探せと命じるのですが、女性の部下が、直ぐにスマホでチャチャッと検索し「ここどうですか?」と。

そのイージーなやり方に怒った社長は、呆れ顔で「あれもスマホ、これもスマホ、何でもスマホで簡単にィー!」と言うけれど、一転して「君こそやっぱりプロミスだ」と、その女性を逆に誉める。オチは、「プロミスはスマホでカンタン!」ですって。う〜ん。谷原章介さん!

スマホ、使ったっていいんですよ。私だって細かい字が見えれば、そしてもっと収入があれば、使っているかも知れない。でも考えなくちゃいけないのは、コンテンツの内容と、それへの接し方です。メディアってものは、一方で真実を伝える武器になる反面、簡単に大衆操作の道具に化けてしまう。

これまでの新聞、ラジオ、テレビもみんなそうでした。ところが、インターネットと、どこへでも持っていけるモバイルツールの登場は、今までとは決定的な変化を人間の内面に与えたと思います。それが何かと言えば、「自分で考える力」をどんどん失わせているということ。

便利なアプリを開発する → 考えなくて済む → だから考えない → 考えない人用に、より便利なアプリを開発する → 考えなくて済む → だから考えない、の際限なきループです。どこまでこれが行くのかなぁ? それが、自分で自分を奴隷化してく道だということに関して、みんなあまりにも無自覚です。自分で自分を奴隷に追い込んでおきながら、それで「癒しが欲しい」とか言っている。

「引きこもり」の人は、特定分野に関する情報は非常に詳しいです。なぜならインターネットばっかりしているから。「引きこもり」というと、膝を抱えてうずくまっている映像を思い浮かべるかも知れませんが、それは鬱であって、「引きこもり」というのはそうじゃない。「引きこもり」の人は、活発な情報収集活動を行っていて、それが肥大化してしまっているんです。

行動するのが怖い → だから事前によく調べようとする → 調べた結果、自分の今の状況と比較する → 自分に劣等意識を感じる → だから行動するのが怖い、という思考ループに陥っている。一般に、「よく調べてから行動するように」と言われますし、それにも確かに理はあるのですが、調べ過ぎはかえって行動を阻害してしまいます。

なぜかというと、何かを「する」際のリスク要因を、際限なく発見してしまうからです。自分よりも優れた人を、際限なく発見してしまうからです。インターネットは、そのためには、まさに最適なツールなのです。ここに、コンテンツの内容と接し方を、よくよく考えなければいけないという意味があります。

ところがモバイルツールの普及はそれを考えさせないんですね。人をどんどん考えさせなくしていく。そこが最悪なのです。誰も彼もがインターネット依存症になって、SNSで交わされるちょっとした言葉にまで反応し、まるでピンポンのように攻撃的な言葉をやりとりする。これでは「心」が壊れない方がおかしいくらいです。

寺山修司さんは「書を捨てよ、町へ出よう」と言ったのですが、私はこう言います。「スマホを仕舞って、森へ行こう」と。
高いスマホ、別に捨てなくてもいいですから。