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ポジティブなパトロール
抽選でPTAの役員当番になったというお母さんと話をする機会がありました。月に1回開かれる会合に出なければならないというのですが、PTA自体が形骸化してしまい、年間のスケジュールを前年踏襲でこなしていくだけなのだそうです。だったら役員の引き受け手がないPTAなんて、なくてもいいのではないでしょうか?

ある人がこんな名言を吐いています。一度ある目的のために組織が作られると、たとえどんな組織であれ、やがてみんなが同じ一つのことを第一義の目標にするようになる。それは、組織の存続である。したがって組織は、存続のために初期の目的を決して達しようとはせず(達成すると存在理由がなくなるから)、逆に、次から次へと課題を探し続ける。

このお母さんから聞いたのですが、パトロールというのがあるそうです。PTAの役員数人がチームを作って学区内を巡回し、子どもたちにとって危険なところや、人気のない薄暗いところを見つ出して回るのだそうです。このお母さんは、「そんなことやめればいいのに‥‥」と思っているのですが、多勢に無勢でその意見が通りそうもありません。

パトロールを推進している人たちは、それが「良いこと」だと信じ込んでいるので、こういう一見、正論めいたことに面と向かって反対することはとても難しい。「じゃあ、あなたは、子どもたちの安全はどうでもいいと思っているんですか?」ということになってしまうから。

けれども物事というのは、つねに大局的に考えることが必要です。と同時に、どんなビジョンを思い描くのかということが大事です。パトロールが是か非かということよりも、今の時代に特に考えなくてはならないのは、それが、子どもたちにとって理想的な環境を創ることに繋がるのかどうか、ということです。

安全に配慮するのは親の務めだろう、と言われるかも知れません。むろん、安全に配慮するのは当然です。しかし、起こり得るかも知れない危険をほじくり出していたら、キリがありません。どんなことにも100パーセントということはあり得ないのです。

現代社会の大きな問題点は、情報過多によって、「危険」をあまりにも過大視するようになったことです。その結果、生物本来の冒険心を失わせるところまでエスカレートしている。これでは「体験」が育ちません。引きこもりが育ちやすい環境を創っておきながら、引きこもりに頭を悩ませているのが現代社会です。

ジカ熱というのは、その後どうなりましたか? あなたの周辺でテロリストが爆弾騒ぎを起こしましたか? 北朝鮮の核ミサイルが近所に飛んで来ましたか? 山口組のドンパチが近くで始まりましたか?

いま上げたことは、どれも100パーセントないとは断言できません。しかし、それらに怯えて暮らすのは馬鹿げています。そんなことよりも、風邪をひいたとか、花粉症で頭が痛いとか、包丁で手を切ったとか、交差点で車とぶつかったとか、階段で足を踏み外したとかの方が、よっぽど日常的な脅威です。

では、毎日それらに怯えて暮らすべきなのでしょうか?

なぜ、起こりうる可能性が低い脅威を、ニュースであれほど強調しているのか。政治を行うものにとって、それが大衆操作のいちばん手っ取り早い手段だからです。人々の不安につけ込んで、不安回避の方向へと大衆を誘導するのです。

隣国が安全を脅かしているから軍備の増強が必要だ。感染症が広がりそうだから事前にワクチンを打たなければならない、というように。

親が、それと同じロジックに染まって、起こりうる可能性がほとんどない脅威をあえて探し出し、子どもの不安を掻き立てて一体どうするんでしょう? それが子どもの安全を守ることなのでしょうか? 「子どものために」と言いながら、実は、自分の中に創り出した不安を、子どもに伝染させているだけだという事実に気づきましょう。

親の立場ではなくて、想像力を働かせて、子どもの側に立ってみて考えてください。ここは危ない、あそこへ行っちゃダメ、知らない人と口を利かないように、と禁止事項ばかり言われていたとしたら、大人でも、大変なストレスが溜まるのではないでしょうか。

それと、何度も言っているように、思いは実現します。「ここは危ないところ」という思いを大勢の人が持てば、その集合意識が、やがて本当に危険なことをその場で実現させてしまいます。

そこで私がアドバイスしたのは、「パトロールをやめろ」と言っても周囲は聴かないだろうから、危ない場所探しではなくて、「安心して遊べる場所探し」をやったらどうかと。そういうポジティブなパトロールに切り替えたらどうかと。そして、もし見つからないようであれば、そういう場所をつくるプロジェクトを始めればいい。そのためであればPTAも役に立つ。

それが、子どもの立場に立った真の安全対策というものではないでしょうか。そして、この場合も、思いは実現します。親たちみんなが、子どもたちが安心して楽しく遊べる場を創ろうと思えば、その輪が広がり、そういう社会が実現して行くのです。