by Rainbow School
<< January 2019 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
<< スホーイ機撃墜事件後の世界情勢 | main | 「やりたいことが見つからない」ことに焦る必要はない >>
日本を操っている者たち
随分前になりますが、呑み屋で友人たちと酒を呑んでいた時のこと。私がポロっと「日本は属国だから」と発言してしまい、一人が怒り出したことがあります。「そんな属国なんてことはない。日本は神国なんだ!」。彼の言いたいことも分かるのですが、そういう次元の話ではなくて、現実に、政治的には、GHQの占領以降日本はずーっとアメリカの属国だったし、今でもそうなのです。

現在では、アメリカが毎年、日本政府に「今後はこうせよ」と命じてきた「年次改革要望書」の存在(政権が民主党に移った鳩山内閣時代に廃止された)や、毎月二回、在日アメリカ軍の首脳と日本の官僚とが秘密会談を行っている「日米合同委員会」なるものの存在が公になっています。(ただし政府としてはあまり知らせたくないことなので、積極的にPRしておらず殆どの国民は知りません)

この「日米合同委員会」は、表向きは「日米地位協定」に基づいて、米軍の駐留に関して日本の法律との間で不都合が生じた際に、それを調整する機関ということになっています。ところがこの会議は、これまで1000回以上も開かれていながら、合意内容については、一部が申し訳程度に公表されているだけなのです。

外務省HPにある組織図を見ますと、日本側のメンバーは外務省北米局長をトップとして、霞ヶ関にある殆どの省庁が参加しています。一方のアメリカ側は、在日米軍の副司令官をトップに、在日米大使館公使と5名の米軍関係者が代表代理となっています。しかし会議の構成を見れば、それは、宗主国アメリカによる植民地日本の統治機関そのものなのです。

この「日米合同委員会」については、次のビデオが詳しいので、お時間のある方はご覧になってください。

このようにして、日本国民にはその実態が殆ど何も知らされないまま、戦後から今日までの長きに渡って、日本はアメリカの奴隷国家として、ある一部の人々によって運営されて来たのです。

アメリカ側のメンバーの親玉は随分前から判っていて、彼らは「ジャパン・ハンドラーズ(Japan handlers)」と総称されています。随分前からそれが判っているのに、日本国民が実態を殆ど知らされていないのは、言うまでもなく、マスコミが「ジャパン・ハンドラーズ」の手中にあるからです。

さてここで、次のような素朴な疑問をお持ちではないでしょうか?
日本側はなぜその植民地統治に逆らわないのだ。それに逆らう気骨のある政治家や官僚は居ないのか?

居たのです、少しは。ところが、逆らった人間はみんな潰されてしまう。何しろ、ジャパン・ハンドラーズの支配はあらゆる分野に及んでいて、警察も、検察も、裁判所も、マスコミも、テレビに出る学者も知識人も、アメリカに尻尾を振る人間は、すべて覚えめでたく出世し、そうでない人間は冷や飯を喰わされ、逆らう人間は息の根を止められてしまうのです。

そういった厳然とした状況があるという時に、あなたならどうするでしょうか?
1.大勢に積極的に乗って、出世コースを目指しますか?
2.傍観者となって、一生冷や飯を喰いますか?
3.逆らって、活躍の場を追放されますか?

幼い頃からエリート教育を受けて育った人というのは、もう「1」以外考えられないと思うんですよね。

鳩山由紀夫さんが、首相当時のことを慨嘆されているのですが、例の「普天間基地移設問題」の時に「最低でも県外」と公約しました。その後、鳩山さんは移転候補地を密かに定め、極秘プロジェクトとしてそれを推進しようとした。そこで4人ほどの官僚を首相官邸に呼んで、極秘の任務としてその遂行を命じたところ、2日後にはそれがもう新聞にスッパ抜かれていたと言うのです。

要は、日本においては、首相であっても国を動かせないということです。ジャパン・ハンドラーズの手先となって働く日本人たちに、結局潰されてしまう。鳩山さんも「宇宙人」だの何だのと言われ、マスコミから散々叩かれて、結局辞めさせられてしまいました。

福島原発事故の時の総理だった菅直人さんも、総理ではありませんが小沢一郎さんも、古くは田中角栄も、アメリカに逆らったが最後は、表舞台から追放されてしまうように、この国ではなっているわけです。

現首相の安倍さんも、第一次内閣では「戦後レジームからの脱却」と言っていたのに(戦後レジームからの脱却とは、アメリカによる日本支配からの脱却ということに他ならないわけですが‥‥)、第二次になった途端に、手のひらを返したようにアメリカ追随の姿勢を強く打ち出すようになりました。そうしなければ、短命に終わってしまうことを知ったからなのでしょう。

ところで、ジャパン・ハンドラーズと、その手先となって働く日本人たちの間にある強い「絆」は、一体何から生じていると思われますか? これが実に驚くと言いますか、聞けばそんなものなのか、というシロモノなのです。私も長い間それが理解できませんでした。「金」なのか? 「地位」や「名声」なのか? 確かにそれもあるでしょう。しかしそれは根本的なものではない。

沖縄の辺野古基地移転に関して、政府は「この約束を実現しなければ、日米関係にヒビが入る」と説明します。ところが、実はアメリカ側は「辺野古に移転してくれ」とは言っていないのです。これは日本側が考えたことで、驚くなかれ、日本政府が「この約束を実現しなければ日米関係にヒビが入ってしまう」と、勝手に言っているだけなのです。

これを、ある社会学者は「忖度(そんたく)政治」と言っているのですが、なるほど上手いネーミングだと感心しました。親分の命令で子分が動くのではないのです。親分はきっとこう思う筈だろうと忖度(そんたく)して、子分が先回りして動くのです。そうすれば、覚えめでたく、親分からお誉めを与(あずか)れるというわけです。

政治というものは、結局それで全部動いている。その場を仕切るのは、誰かの命令ではないのです。大勢の流れとか、その場の雰囲気とか、俗に言う「あうんの呼吸」が決めている。ですから自分たちが為したことに対しては、手柄だけは取るが、誰も責任を取らない。その場をリードしたのは、特定の誰かではなくて「雰囲気」だと言うのです。

これがエリートといわれる人たちの発想なんです。そもそも、自分たちは大衆とは別者だと考えているので、庶民がどんな辛い目にあっても、心はちっとも痛まない。最初から眼中になどない。彼らにとって大衆は、ナンバー(数字)にしか過ぎないのです。

あるドキュメンタリーで、戦後、旧参謀本部の将校たちが当時を振り返るというテープを聞いたことがあるのですが、みな口々に「あの場の雰囲気では仕方がなかった」「周囲の考えに押された」と言うばかりで、「自分が悪かった」「反対する勇気が無かった」と言う人間は一人も居らないのです。日本人300万人を無駄死にさせたのに。沖縄戦では民間人が9万4千人も犠牲になったというのに。

福島原発の事故の後はどうだったでしょうか。「私が事故の責任者です」「私が事故に繋がる遠因を作ってしまいました」「あの当時、私が言っていた安全神話は間違いでした」と、懺悔した人は居るでしょうか。エリートは決して責任を取らない。みな他の誰かにおっかぶせて、自分は権力構造の中に逃げおおせてしまうのです。

女性はまだ「子育て」や「家庭」というものを通じて、別の価値観を見出せるのですが、一般的に言って男は、「主人にかしずく美学」というものを捨てられません。忠犬になって、主人のお誉めを与かり、特別に取り立ててもらいたい。このようなつまらない意識、くだらない考えが、実は政治の裏側を動かしている原動力になっているのです。

それは、裏を返せば、エリートという座から滑り落ちることの恐怖心です。恐怖心が、(それに克つ手段として)逆に闘争へと向かわせるのです。本当に強い人は、強がったりはしません。そんなことをする必要はないからです。本当に強い人は、強さ弱さなどに拘らない、平和を愛する人です。

結局、最後のところはやっぱり「心」なんです。支配の構造といったところで、最後は「心」の有り様なんです。自分の中にある、善的なものと、悪的なものをどう処理していくか。この世では、エリートになることに価値があるように思っても、霊的世界では、そんなものには何の価値もない、ということだけは申し述べておきます。