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「正統派」を自認するものにホンモノがあった試しはない
我こそが「正統派」である。このように主張する者が世の中にはゴマンといる。正統な血脈、正統な家系、正統な伝承、正統な師弟関係、正統な教え、‥‥etc.。人々はみな拠り所が欲しく、権威や肩書きに弱いものだから、こういうものにコロッと騙されてしまう。そして、いざそちら側に取り込まれてしまうと、今度は自分が「正統派」を主張するようになるのです。

でも、「正統」というものはそもそも何なのでしょうか。それが「正統」だと決めるものはいったい誰で、何を基準にしているのでしょうか。唯一、それを決められるものがあるとすれば、それは「天」しかありません。ある人間が、もしもそれを「正統」だと決めたのだとしたら、その決めた人間が「正統」かどうかは、いったい誰が決めるのでしょう?

ましてや、自分で自分を「正統派」だと主張して憚らないとは、何事でしょうか。宗教界では、昔からこれが繰り返し行われて来て、「◯◯正宗」(自分たちこそ正しい宗派)を看板に掲げるところも少なくありません。しかし、その発想こそが宗教間の対立、そして宗教戦争を生み出して来たことに、もういい加減気づいてもいいのではないでしょうか。

そもそも、自分たち以外は、邪教、邪宗だと決めつけるその懐の狭さこそが、ニセモノであることを見事に証明しているではありませんか。(ここでいうホンモノとは、宇宙の真理に適っているということ)宇宙の真理は「全部が一つ、一つが全部」なのですから、「正統派」などという区別は意味を為しません。

「◯◯派」というのは、表現形式の一つに過ぎず、元は一つであると認識することの方が、よほど重要なのです。そこに、慈愛、友愛、世界平和が実現される可能性が見出されるのです。

ところが、多くの指導者はこれとは全く逆の主張をし、自分たちのみが「正統派」であって、他は邪教、邪宗だと排斥することに一生懸命になっています。こんな人たちが、はたして指導者と言えるのでしょうか。権威をつくり、権威の中にあぐらをかき、確立した権威を守ろうとしているだけではないでしょうか。

いつの時代でも、ホンモノは「異端」にあったのです。「異端」は自ら「異端」と主張したわけではありません。「正統派」を自認するところから危険思想として排斥され、「異端」のレッテルを貼られたのです。なぜなら、その「異端」は、「正統派」の権威を根底から覆しかねないものであったから。そこにこそ、ホンモノがあったからです。

ということで、みなさんは、自分の眼と耳と頭で、ホンモノを見つけてくださいね。