by Rainbow School
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上手い役者論
他の人の「心」が解る。これは何も特殊能力ではなくて、誰にでも出来ることです。ただ普通の人は、<他人の「心」の内は解らないもんだ>と思い込んでいることと、観察眼が足りないために、バイブレーションのほんのちょっとした違いを読み取ることが出来ないのです。

嘘はつけない。これは本当のことです。国会議員がしている答弁や、記者会見などをテレビで見ていると、言っていることが本当か嘘かはすぐに判る。あまりにも嘘だらけなので、私はもうそういうものを見るのを止めたほどです。しかし普通の人は、文言にとらわれて、そこを見抜こうとしない。だから騙されるし、平気で騙そうとする人も出て来るわけなのです。

しかし私にも、こういう人だけは、さすがに見抜けないだろうなぁと思う凄い人をたまに見る。それは、本当に上手い役者さん。

役者というのは、人を騙すのが商売だと言いますが、そこまで到達できる人は、本当のところは非常に少ないと思います。役者にも二種類があって、演じる役者と、成り切る役者がいる。もし100人の役者がいたとしたら、99人は演じる役者。成り切る役者は果たして1人いるかどうかといったところでしょう。

普通、上手い役者というと、みな「演技が上手い」ということを誉めます。しかし「演技が上手い」などというのは、まだその「演技」が見えているということであって、成り切るところまでは到達していないという、これは証明なのです。ところが、そこを役者も錯覚していて、一生懸命「演技」術を磨こうとするのです。

誰だったか忘れてしまいましたが(溝口健二だったかな?)、日本映画の巨匠で、自分の作品に初めて出ることになった役者に、いきなりこう言ったというエピソードが伝えられています。「君は舞台の人だったね。お願いだから、演技しないでね」。スペイン映画の巨匠、ペドロ・アルモドバルも、同じことを言っている。「観客は30m先に居るんじゃないんだからね」。

これは映画と舞台の違いということもあるでしょうが、根本にあるのは、やはり「演じる」ということに対する考え方の違いだと思うのです。役者の方でも、とことん追求するタイプの人は、最初は「演技」をしようとしていても、そのうち「演技しない演技」に目覚めて行く。こうなって初めて、「成り切る」役者になって行くわけです。

映画監督の中には、「演技」しようとする役者の芝居クササにイヤ気がさして、「素人の方がむしろいい」と考える人もいる。それはそれで、いわゆるナチュラルな演技というものを上手く引き出せた時には、成功する場合がある。

また、若い時から「演技」を出来るだけしないという役者もたまにいる。こういう人は「存在感のある役者」と言われて、いっときは評価を受けるのですが、それを続けていると、やがて行き詰まる。なぜかというと、どんな役をやってもみな同じで、その役者の「○○節」というものが鼻につくようになってしまうのです。

ですから、「成り切る」ということと「演技術」というものの両輪を、共に磨いて向上させていかない限りは、本当に一流の役者というものには到達し得ないのです。

さてそこまで行くと、一流と二流との差がどこに顕われるかと言いますと、実は「声」なのです。現代人というのは、情報を視覚に頼り切っていて、音をあまり気にしない傾向があります。ですから視覚にすぐに騙されてしまうのですが、「声」に耳を傾けていれば、嘘か本当かはすぐに見抜けるのです。

NHK BSの人気番組に『世界ふれあい街歩き』というものがあるのですが、ナレーションの「声」に耳を傾けていると、一流と二流の差が歴然と判ります。二流の人は、スタジオで台本片手にセリフを読んでいる姿までがハッキリ見える。そして一流の人は本当に少ない。自分が行ったわけでもない旅を、一人称で語ろうというのですから、こんなに難しい仕事はないでしょう。

冨田勲さん作曲のミキシングを長年やっていたという音響技術者の方と出会った際に「音というのはゴマカシが利かないものですね」と訊いてみたことがあります。すると、「いや、そうでもないよ」という答えが返って来ました。「だから、オレオレ詐欺が成立するんですよ」
なるほどねぇ。

私の家にも時々、「こいつを落としてやろう、引っ掛けてやろう」と目論む詐欺師たちから電話が掛かって来るのですが、自分の場合は第一声からもう詐欺師だと判る。ところが、この音響技術者の話によると、前提条件で「思い込み」が生じた場合は、音であってもゴマカシが利くというのです。たとえば、息子と思い込んだり、銀行マンや警察署員だと思い込んだり。

ということで、視覚に頼らず、思い込みを外して、「声」に耳を傾けてください。本当か嘘かが判ります。