by Rainbow School
<< August 2020 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
<< 「戦争法案」をめぐる茶番劇 | main | “型”を捨てる >>
熟年世代の婚活事情
NHKの『クローズアップ現代』で、熟年世代の婚活事情というものを取り上げていて、興味があったので観てみました。番組タイトルは「老いて 恋して 結ばれて 〜超高齢社会の“男と女”〜」。う〜ん、いただけません。私はこの「婚活」という言葉が好きじゃないです。同じく「就活」も嫌いだな。誰がこんな言葉を作ったのだろうかと思います。

一括りにして語れないものを一括りにするのは、それを「産業化」したい人の欲望が働いているから。そんなものに乗っかって行ったら、たちまちシステムに嵌め込まれて、個人というものを失ってしまいます。婚活産業のマッチングシステムに登録したとたん、その基準で、自分が裁かれることになる。人間が、商品と同じ扱いになるということです。

番組の中で、契約婚と言えばいいのでしょうか、女性が食事など男性の身の回りの世話をする代わりに、男性側は自分が死ぬまで生活を保証し、死後も財産を分与するという約束で、一緒に生活をされているカップルの例が紹介されていました。それはそれで合理的な選択だし、私も「あり」だとは思います。

でもその女性が、「愛だけでは成り立たない。きれいごとだけでは生活できない」と語るのを聞いて、情けない気持ちになりました。その女性の言葉に、「そうよね」と同感される人たちも、たぶん多いのでしょう。女性は、一度結婚相談所に登録すると、何度でもお見合いをして、条件のいい男性を探し続けるのだそうですし‥‥。

その人たちからすれば、人間、齢をとればとるほど「愛だけでは成り立たない」と思っているのでしょうねぇ。でも私は真逆です。人間、齢をとればとるほど「愛だけ」の人に成っていけると思っている。そうでなければ、様々な人生経験を積んできた意味がないでしょう。だからその言葉を聞いて、「還暦過ぎてまだこれかよ」と、情けない気持ちになりました。

「婚活」のシステムに登録する人たちが忘れていることがある。自分は選ぶ側だけではなくて、選ばれる側でもあるということを。もし私が、そこに登録していたのだとしたら、「愛だけでは成り立たない。きれいごとだけでは生活できない」などと言う人とは、絶対に結婚しません。御免こうむる。

しかしそれ以前に、私の方が篩(ふる)いに引っ掛からないから、心配ご無用。7年間、ほぼ無収入ですから。