by Rainbow School
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喉の渇きと見えない泉

男は、山の頂きになんとしてでも達しようと、歩みを重ねていた。

だが登坂は容易ではなかった。

強い日差しが照りつけ、足を踏み出すたびに、全身からどっと汗が吹き出した。

七合目に差し掛かった時、強い喉の渇きを覚えたので、男は水筒を取った。

しかし水筒の中には、もうほんのわずかな水滴しか残されてはいなかった。

頂上まではまだ随分ある。このままでは持たない。

男は、どこかに水源がないだろうかと辺りを見まわした。

 

その時、一羽の白い小鳥がやって来て、男の耳許で囁いた。

この上の、10メートルほど上がったところに、泉があるよ。

男は喜んだ。

だが、それは見えないし、そこへ行くためには急峻な崖を登らなくてならない。

これは相当な難儀だぞと男は思った。それに危険でもある。

その時、一羽の黒いカラスがやって来て、男に近寄り、耳許で囁いた。

下を見てごらん。100メートル下ったところに小川があるよ。

言われて、男は眼下を見た。木々の間にチラッと小川が見えた。

そのとたん、今すぐにでも駆け降りてがぶがぶ飲みたい、強い衝動に襲われた。

 

が、待てよ、と男は考えた。

小川の位置はここよりもかなり下だ。

せっかくここまで登って来たのに、また降りるなんてのはな。

でも駆け降りるのは、登るよりもずっと楽だし、それに早い。

ああ、どうしたらいい? 今すべきことは‥‥。

優先順位なら、とりあえずの、この喉の渇きを癒すことだ。

いったん降りて、鋭気を養って、それからまた登って来たっていいじゃないか。

 

さて、どうする? 男は自問自答を繰り返した。

白い小鳥は、崖を登れば泉があると言っていたが、本当にあるのだろうか。

男の心に疑念が湧いた。あの小鳥の言葉を信用していいものだろうか‥‥。

迷いに迷った。

そのうち、ふと、そうだ!と直感がして、男は眼を閉じた。

そして、心を静めて、内なる者の声に耳を傾けた。

1分、2分、3分‥‥。

ほどなくして、声がやって来た。

頷くと、男はその声に従った。

本物 三題

本物 その1

ある時、インドを旅して来たという男がやって来て、道中話を披露した。

集まった人たちに、

男はスマホで撮った一人のスワミの写真を見せて、こう言った。

「この人は本物だ」

離れて、それを聞いていた私は思った。

この男は、なぜ「俺は本物だ」と言わないのだろう?

本物でない人間に、本物とニセモノの違いが分かるのだろうか。

 

 

本物 その2

他者が語った言葉を、そっくりそのまま周囲に説いているようでは、

その人は、まだ本物とは言えない。

自分の言葉で語りなさい。自分の言葉で語られるようになってこそ本物だ。

しかし、あなたがある心境に到達した時、

自分が語っている言葉が、その道の達人が語っていた言葉と

そっくりそのままだったということは、大いにありうる。

 

 

本物 その3

宗教は「この教えを信じろ」と言う。

宗教は「この戒律を守れ」と言う。

宗教は「このマントラを唱えろ」と言う。

そして、周囲にもっと信者を増やせと命じる。

宗教とは、結局のところ、ニセモノの量産システムに他ならない。

師の死の詩

「ラムダスが亡くなったよ」と、人から聞かされました。

昨年暮れのことだそうです。

「そうか、帰られたのか‥‥」と、ちょっとの間だけ思いを馳せました。

昨年も、別の方から「ティク・ナット・ハンが亡くなったよ」と聞かされ、

その時も同じように、我が師につかの間の思いを馳せました。

 

逝かれた日の事を、私は確認しようとは思いません。

ただ「ああ、そうか」と思うだけです。

型どおりのご冥福も祈りません。

誰のご冥福も、私は祈ることをしません。

死んでも死なないということを知っているから。

現に、師は私の胸の中に、今日も生きている。

 

ありとあらゆる合成麻薬を自身の体で実験し、

これじゃダメだと気づいて、方向転換の末に覚者となったラムダス。

私は、この師の、青空のように抜けたユーモアとセンスが好きです。

べトナム戦争で知人を皆殺しにされ、一時は、

地の底から沸き上がるような激しい怒りに震えたティク・ナット・ハン。

私は、この師の、許しに至った経過が好きです。

エイズに冒された人たちをケアしようと創った施設を、

二度までも焼き打ちにされてしまったエリザベス・キューブラー・ロス。

私は、この師の、不屈の闘志が好きです。

 

どの師にも会ったことはないし、どの死にも出会ったことはありません。

でも、どの師の意志も、私の胸に深く刻み込まれ、今日も生き続けている。

それぞれの師が果たした、今生の役割を想う時、かたじけなさに涙こぼるる。

 

昨年秋に、韓国ドラマの『ホ・ジュン』を再見しました。

Amazon Prime で、135話もある。

全部を見終わるまでに、3カ月掛かりました。

無頼の徒であった若き日に、師に激しい叱責を受けてから、

ただただ「心医」を目指すことを目標に、艱難辛苦を耐え抜いたホ・ジュン。

その死は、135話目に唐突にやって来ます。

疫病が発生した村に治療のために入り、自身も感染し死んでしまうのです。

その最期の瞬間まで、ずっと「心医」であり続けたホ・ジュン。

 

月日が経ち、夏草が生い茂った土饅頭の墓の前に、

ともに苦難の同じ道を歩んで来た、女医のイェジンが現れます。

見ると、傍らに弟子と思われる女の子を連れている。

その子が、イェジンに尋ねます。

「誰のお墓ですか?」

イェジンが答えます。

「私がずっとお慕いし尊敬していた方よ」

「何をしていた方ですか?」

「お医者様よ。あの方は、まるで地中を流れる水のような方だった。

太陽の下で名を馳せるのはたやすいわ。

難しいのは人知れず地中を流れ人々の心を潤すことよ。

それができる方だった。心から患者を慈しむ心医でいらしたの」

「その方は、イェジン様を愛してたんですか?」

「それは分からないわ。私が死んで地にかえり、水になって再会したら、

その時にぜひ尋ねてみたいわ」

 

この、実にあっさりした最期のシーンに、134話分を費やして描いた、

ホ・ジュンの波乱万丈がズシンと響いてくるのです。

まさに、それは人生そのもの。

 

その女の子は、もはやホ・ジュンを知らない。

でも、イェジンを師として、

この子もやがて「心医」への道を目指すことになるのでしょう。

そうやって、また次の世代へと志が引き継がれて行く。

 

一人の人間が、艱難辛苦を過ごした日々など、みな消え去って何も残らない。

でも、その人の周囲には、心に刻み、刻まれる瞬間瞬間があるのです。

 

師とは、存在ではなく、自分が見いだしたもの。

祖父母や、両親や、伴侶の中に。

親しい友人たちの中に。

そして公園で遊ぶ子らの中にもあなたの師はいるのです。

バーのマスター、総菜店のおばちゃんも、あなたの師かも知れない。

空にも、海にも、川にも、森にも、花にも、舞い落ちる木の葉にも、

そして小鳥にも、師を見る瞬間がある。

だから、アッシジのフランチェスコは小鳥との会話を楽しんだのです。

 

私も何も残さない。

名前すらもう不要。

私は私の今生の役割をただ果たすだけ。

 

友を師とし、師を友とする毎日を生きているから、私は幸福。

刻み、刻まれ、日々ともに成長して行けることの、この幸福。

かたじけなさに涙こぼるる。

智慧の泉 / あなたの我が家

智慧の泉

 

大いなる真理をつかもうと、

智慧の泉へやって来て、

水の中にどれほど手を突っ込んだところで、

手にした器がみなザルではどうにもならない。

あの時、確かに掴んだと思った真理も、

家に帰るころには、もう何も残ってはいない。

ザルを水で満たし続けるには、

ザルごと泉に沈めるしかないのだよ。

 

 

あなたの我が家

 

我が家には智慧の泉がない。

だから、時々は汲みに行かなくっちゃ。

と、そうあなたは考えているね?

でも、心の我が家は、場所を選ばないんだよ。

だから、智慧の泉の真ん中に、

我が家を建てたっていいわけさ。

実際、そこが、あなたの帰る場所なんだからね。

効果幸楽のうた

1980年代の後半、

テレビジョンに素晴らしいメッセージソングが流れていたよ。

このうたの中には、「幸福」とは何かということの真髄が説かれている。

今この瞬間の feel が、あなたの現実を創ってるってこと。

だから、あなたも味わって。今のこの幸福を。

 

 

そのままでいいのさ I feel 幸福

笑顔に逢えるから I feel 幸福

今なにか感じている 効果幸楽

爽やか 呈す体

I feel 幸福

 

もう一度始めよう (この生を) I feel 幸福

変わらぬこの feeling I feel 幸福

毎日が新しい (体験なんだ) 効果幸楽

爽やか 呈す体

I feel 幸福

 

初めてじゃないのさ (生まれて、この道を歩くのは)

いつでも一緒なら (大いなる一者と)

今なにか感じている 効果幸楽

爽やか 呈す体

I feel 幸福

 

もう一度確かめて (今この時を) I feel 幸福

触れ合うこの feeling I feel 幸福

毎日が新しい (体験なんだ) 効果幸楽

爽やか 呈す体

I feel 幸福

あなたは気球

あなたの本質は気球なんだよ。内側に、気をいっぱいに溜めた球なのさ。

ここで言う気は、Spirit(霊)のことだけどね。

自分の内側を、一度じっくり覗いてみてごらん。

天に上りたい、どうしても上りたい、

というあなたの切なる願いが見えないかな。

なに、見えない?

ああ、そこじゃない。もっと奥だよ。

目を閉じて、もっともっと深く見つめてごらん。

これは、地上に生まれた全員が、最初から持っているものなんだからね。

携えたまま、あなたも地上に生まれて来たんだからね。

この気は、天に充満する気と、実はまったく同じものなのさ。

だから、あなたはいつだって天とつながっているし、

望めば天に上れる(ascend)のだよ。

 

知らなかったのかい?

今まで考えたことも無かったのかい?

 

だとしたら‥‥

じゃあなんで自分は上れないのか、と今のあなたは言うだろう。

なぜ叡智にたどり着けないのか、と今のあなたは言うだろう。

いい質問だ。

今度は外を見てごらん。自分の外側だ。

あなたが乗っている気球のゴンドラの、足下を見て。

たくさんの砂袋が括り付けられてるのが見えないかい?

これじゃあ上れるわけがないじゃないか。

いいかい。

これはみーんな、あなたが自分で括り付けたものなんだよ。

 

え、そんな覚えはないって?

じゃあ、試しに第一の砂袋を開けてみようか。

おや、中身は砂じゃなかったね。お金だ! お金がいっぱい詰まっている。

うん、お金は魅力的だものね。お金がないと暮らせないしねぇ。

でも本当にそうだろうか。そう思って生きている動物は人間だけだよ。

第二の袋はどうだい?

名刺の束かぁ。ずいぶんと肩書きを集めたもんだねぇ。

こんなに大勢の人が、肩書きが自分を証明するものだって思っているんだね。

三つめはどうだい?

トロフィーに賞状か。誇らしいねぇ、さぞかし名誉なことだっただろうね。

四つめは?

わぁ凄い。よくもまあこんなに買ったもんだ。服と宝石と化粧品の山。

五つめは何かな?

写真かい? ああ、写っている人たちが忘れられないんだね。

おや、ペットの写真もある。なんたってかわいいものね。

六つめは?

うわぁ、なんだい、この薬の量は。

それにお守りだのお札だのがいっぱいじゃないか。不安なのかい?

七つめは?

うっ、こりゃ重い。なんだろう? ああ、教科書に答案用紙。

ふ〜ん、ずいぶん時間を使って来たんだね。大変だったねぇ。

で、役に立っているの?

八つめは?

今までとは‥‥これはちと毛色が違うね。

袋に「ねばならない」って書いてあるよ。この中身はなんだろうね。

九つめは?

こっちには「ヘイト」って書いてある。「ヘイト」ってなんのこと?

その隣の袋は?

あ、もう、切りがないからやめよう。

中には20個も30個もぶら下げている人がいるよ。

 

自分を縛り付けることが、よほど好きなんだねぇ。

あ、そうか。自分を縛り付けているなんてちっとも思っていないわけか。

 

でもね。そのままじゃあ、いつまで経っても天には上れないんだよ。

しごく簡単な理屈さ。

でもその重石を、一つずつ切り離して行くと、

自分には浮力が備わっているってことが、だんだんと分かって来る。

「そうなんだ、自分も上れるんだ」ってことに気づく。

そして、切り離す数がどんどん増えていくと、

ついには浮力の方が勝って、あなたは地上を離れてフワッと浮くのさ。

Ascend し始めるのさ。

その瞬間から、グングン天に向かって上り始めるのだよ。

なぜって、あなたは気球なのだから。もともとが気球なのだから。

 

これって、凄いことだと思わないかい?

あなたが、あれほどまでに希求して来たことが、

実は自分が気球だったと、気づくことだったんだからね。

ただそれだけでよかったんだからね。

 

だから、天に上るには、なんの努力も必要としないんだよ。

いいかい、もう一度言うよ。

あなたが、天に上るには、なんの努力も必要としない。

ただただ、自分の本質に「気づく」だけでいい。

そうすればフワリと浮くんだ。

 

でも‥‥

でも、重石の袋を捨てるには、大変な努力、いや決心が必要になる。

多くの人にとって、「捨てる」ことは恐怖だから。

 

これは最大級のパラドックスだ。

これこそが、今まであまり説かれることがなかった神秘。

なんら努力を必要としないことの実現のためには、

めちゃくちゃ努力が必要なんだよ。

特に、袋をより多く集めることが大人になることだと、よりよい人生だと、

固く信じ続けて来た人にはね。

 

さて、これを聞いて、勘のいい人は、

あれ、前にも同じようなことを聞いたぞと、ピン!と来たのではないかな?

そう。「あなたは、最終的に旅は必要なかったんだということを知るために、

自分探しの旅に出る」と前に言ったことがある。

あれとおんなじ。

あの言葉の答えが、「あなたは気球」ということなのさ。

解ったかな?

 

「捨てる」と言っても、

文字どおり「ゴミ箱に放り込め!」と言っているわけじゃないよ。

それへの執着を捨てるという意味だ。観念を手離せという意味だ。

あなた方が、物質界に生きているということはよ〜く解っている。

だから、物質界で生きるためのツールを捨てろ、とまでは言っていない。

でもそれはただのツールなんだ。ボードゲームの駒のようなものなんだよ。

駒を使って、人生を生きて、体験を充分味わって、でも一切執着しない。

どう? それだったら、出来るのじゃないかな?

 

あらゆる「執着」というものは、みな「怖れ」から生じているのだよ。

何かを失うということの「怖れ」が、「執着」に転化しているんだ。

その裏には、「必要」という根強い観念があるのだけれどね。

たとえばお金だ。お金を失いたくないと思うから強く執着するのだよ。

たとえば防衛意識。攻撃されたら大変と思うから、防衛を声高に叫ぶんだよ。

自分が「執着」するものをリストにして、よく見つめてごらん。

裏には必ず「怖れ」があることを発見できるから。

だから、「怖れ」が無くなれば、「執着」も消える。

 

それにね、

あなた方は、まもなく何もかもガラポンしなくてはならなくなるのだよ。

今までの考え方やシステムが、一度ぜーんぶひっくり返るのさ。

あ、でもこれを予言とは捉えないでくださいね。

わたしは予言はしない。ただ宇宙の法則を言ったまでだから。

自分が為したことは自分に返る。

振り子が右に大きく振れれば、振れた分だけ今度は左に返るのだよ。

 

というわけで、どのみち今の世界への「執着」などは無意味になる。

来たるべきガラポンする世界は、

既存システムに「執着」し続けようとする人にとっては大恐怖だけれど、

「執着」のない人にとっては、明るい希望なのだよ。

あなた方は、そのどっちの道を行くか、これから選ぶことになるのだよ。

 

アセンションというのは、見方を変えれば、

「怖れ」がいっさい無くなった状態だとも言える。

しかし、ここでもまたパラドックスだ。

アセンションすれば、いっさいの「怖れ」が消える。

でも、アセンションに至るには、「怖れ」を手離さなくてはならない。

まるで卵が先か、鶏が先か、みたいな話だよね。

さあ、どうする?

 

そこで、あなたに朗報だ。

ちょっと前から、強い光のエネルギーが、地球全体に降り注いでいるんだよ。

それは人類への、大いなる者からのプレゼントなんだ。

だから、この光のエネルギーを、推進力に利用させて貰えばいいんだよ。

素直になって、心を開いて、あなたの帆をいっぱいに広げて、

宇宙の流れに、すべてをゆだねてみて。

そうすれば、グングン前に進むから。

そうやって、前に進むことだけを考えていれば、

いつの間にか、

重石が一つずつ振り落とされていることに気づくことになるから。

 

考えてごらん。

宇宙のすべてを司るのは、ただ一者なんだよ。

その一者が、なにゆえに自らに予言をするというのだろうか?

その一者が、なにゆえに怖れる必要があるというのだろうか?

すべてを支配する者なのに。


だから、なんの心配もいらないんだよ。

あるがままに、ただ「今ここ」を生きればいいんだ。

どうか自分を信じて。あなたは気球なんだから。

熟れすぎた果実

熟れすぎた果実は、いつかは地に落ちる。

溜め込んだ甘い汁が、すえた臭いに変貌して。