by Rainbow School
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あなたが創る「現実」という名の幻術

この世には「時間」というものが存在する。これは、地球という物質世界を生きる人間にとって、ほぼ100パーセント近い共通認識となっています。なにしろ、日常行動のあらゆるものが時間軸を基に決められているのですから。そこに疑問を差し挟む余地など全くありません。そのくせ、「時間とは何か?」「なぜ時間は不可逆なのか?」という問いに答えられる人は、どこにもいないのです。なんとも不思議ですね。

 

これこそ恐るべき洗脳。そうは思いませんか? 人が「洗脳」状態にある時には、それが洗脳だとはよもや気づかない、とよく言うでしょう。「時間」が存在するという洗脳は、宗教よりも、ねずみ講よりも、お金よりも、経済成長よりも、さらに強力な洗脳です。人類がほぼ全員そう思っていて、何ら疑うことをしていないのですからね。(お金は、「無いけど、まあいいや」って人はいるでしょう)

 

この結果、将来の幸福実現のためには、自分に襲いかかって来るであろう競争を何としても勝ち抜いて行かなくてはならないという価値観を抱かされ、同時に、実現しない場合の不安感に苛まれるようになってしまったのです。でも、その「時間」は、見せかけのものに過ぎないんだよ、という話を先日しました。覚えておられますか? 今日はそれに続く、「現実」は見せかけのものに過ぎないんだよ、というお話です。

 

実に、「時間」と「現実」こそは、人類を縛る二大幻影なのです。この二つが幻(まぼろし)であるということに気づき、「なるほど!」と自分の腑にストンと落ちて、さらに体細胞と一体の感覚にまでなったとしたら、その人は、もう覚者となっていることでしょう。「時間」と「現実」は幻に過ぎない、と心底から理解した暁には、「今を生きる(Be here now)」ということも、「ありのままでいい」ということも、同時に体得しているはずですから。

 

その時には、古代から変わらず言われ続けて来たことが、「ああ、ほんとうだったんだ」「その通りだったんだ」と、きっと感慨に耽ることになるでしょう。

そのチャンスが、今なんですよ! もの凄く強力なエネルギーが追い風となっています。ですから、あなたの持てる炎を、この機会にぜひ燃やしていただきたいのです。

 

あなたのアセンションを阻む最大の障害は、「自分には出来ない。ムリだ」という思い込みです。そんなものはどうぞ取っ払ってください。

 

なぜ、あなたは生まれたのですか?

あなたを造ったものは、何者ですか?

 

「それは、両親の子造りアクションで‥‥」

そういうことを聞いているんじゃありません。

あなたである「意識」のこと。つまりあなたという「魂」をですよ。

 

“それ” は、なぜあなたを造ったのですか?

“それ” が、あの人とこの人を差別するとお思いですか?

するとしたら、なぜ? 何のために?

空海には出来ても、あなたは絶対にムリ、とでも言うのですか?

同じ「人間」なのに。

 

そんなことはない。

殺人鬼だったアングリマーラだって、アセンションしたんですからね。

 

だから、出来る、出来る、出来る。

2020年、あなたへのゲートが開く!

Just do it !

 

中学校の美術の時間に、石膏デッサンをした経験がありませんか? モデルを使った人物デッサンというのでも結構です。その時の様子を思い出してみてください。あなたは、他の生徒と一緒に、対象物の周囲に扇型に椅子を配置した中の一つに座り、自分の位置から見えた石膏像を画用紙に描いています。授業が終わった後で、それぞれの作品が壁一面に貼られます。たくさんの石膏像の絵が並んでいて壮観です。

 

さてそこで、その授業に参加した人たちは、貼られている絵を眺めて、みな同じ時間帯に「石膏デッサン」をしていたという「現実」を、共通体験したのだと認識します。それは、わざわざ「認識」という言葉を使うまでもない、当然の思いとして受けとめられています。ところが、本当はそうではないということは、他ならぬ、壁に貼られたその絵が証明しているのですよ。

 

「うそォー。同じ現実を体験したことを証明しているんじゃ‥‥」って。

そう思う? あなたも?

解りませんか?

よ〜く見てください。壁に貼られた絵には、同じものは一枚もないのですよ。ぜ〜んぶがちょっとずつ違う。

 

同じであることは、絶対にあり得ません。なぜなら、そもそも座った位置がみんな違っているのですから。視点の位置が、全員異なっているのです。さらに、その位置から見て、対象物のどこに注目したかがそれぞれの人で異なります。石膏デッサンではそれが判りにくいかも知れませんが、戸外の写生では違いは大きく出ます。さらにさらに、表現の仕方がみな違います。線の細い太いや、色の薄い濃いなど。

 

まとめますと、

〇訶澄viewpoint)が異なる。

知覚・認識が異なる。

GЪ韻靴燭海箸寮依・表現が異なる。

と、三段階のフィルターが、その人が「現実」だと思っている「リアリティ」に被さっているということが、その絵から解ります。

 

つまり、あなたが「現実」だと思っているものは、どこまで行っても、所詮はあなたが知覚・認識した個人的「リアリティ」でしかないのです。あなたが「現実」の〈ありのまま〉を捉えることは不可能です。外界の認識は、必ずあなた固有の知覚器官と情報処理のプロセスを経て得られる。その過程で、いま話したあなた固有の三つのフィルターを通過することになり、その「現実」だと思う認識は、必ずやあなた流の歪みを生じてしまうのです。

 

早い話が、それは「現実」ではなくて「虚実」なのですが、ほぼ例外なく、人間はそれを「現実」だと見なして、会話をしたり、論理構造を組み立てたりしているのです。これは、「時間」と並び、人類を縛り続けている、恐るべき「洗脳」だと言えます。

 

TVニュースで、「これこれ、こういう事件が起こった」という報道を目にしたり耳にしたりしますよね。みなさんは、なんの疑いもなく、ああ、そういう「現実」が起こったんだなと受け止めます。ですが、みなさんは「現実」を全く見てはいないのです。見ているのはTVニュースであり、しかもそれを自分の三つのフィルターを通して受け止めているだけです。「虚実」に「虚実」を被せて、「現実」だと思い込んでいるわけです。

 

さて、石膏デッサンの現場に戻りましょう。よく見れば、「現実」などなかったということが絵によって証明されているのに、でも、その場に居合わせた人たちが、みな同じ「現実」を体験したと思うのはどうしてでしょうか?

 

それは、大まかな点で、互いの辻褄が合う部分があるからです。各人の「虚実」を突き合わせて、中央に「まあ、こんなものかな」という像をこしらえる。その結果、実際には、誰一人「現実」を把握できる者はいない、という根本原理はあっさり無視され、そこに居合わせた人たちで、これが「現実」だったと思うものを共通認識として「創造」してしまうのです。そう、それはまさに創造。想像の産物なのです。

 

しかしここで、個々の「認識」とは別に、それでもなお「現実」というものは存在しているのだ、と考えてみましょう。そのように思われる方も、きっと多いだろうと思います。「現実」は実際に存在しているのだけれども、ただそれは誰かの「認識」によってしか捉えることが出来ないだけ、という考え方です。ところが、この考え方は、量子力学では明確に否定されているのです。(量子力学の観点については、また別の機会にお話ししましょう。)

 

けれども、量子力学という権威を持ち出すまでもなく、誰かの観測と「認識」によってしか、外界は把握できない、という点は動かしようがありません。

 

*ここで新企画を。「宿題その 廖Г海療世鯲狄笋垢襪函宇宙(神)が、なぜあなたという存在を創ったのか、という理由の一つが解ります。瞑想をなさって、この点について考えを巡らせてみてください。

 

さて、ここまで説明しても、なお「見る」ことと、「創造」することは違うのではないか、と仰る向きもおられるでしょう。ごもっともです。「現実」を見ることは不可能なのだということはまあ解ったと。でも、「現実」(だと思い込んでいるもの)を自分が「創造」しているというのは、どうもピンと来ないと。

 

しかし、あなたが「見た」つもりになっているものと、あなたの「認識」とは、常に一対一で対応した関係になっているということに注目してください。ここで「認識」とは、自分の産物なのですから、自分が「創造」したものです。ゆえに、あなたは、あなたの「現実(だと思うもの)」を絶えず創造し続けている、と言えるのです。

 

人はよく「客観的に」といった言葉を使いますね。私も時に使うことがあります。しかし、いま言ったことをよくよく考えていただければ、純粋に「客観」と呼べるものなど、実はどこにもないということがお解りでしょう。「客観的に」と言っているものも、結局は、全部が誰かの「主観」でしかないのです。このことは、非常に重要な事実を突きつけます。みなさんは、この宇宙を、各々の「主観」でしか捉えることが出来ないのです。

 

そこで、このようなことが言えます。

宇宙とは、あなたの主観の産物である。

 

どうでしょう? 頭がクラクラして来ましたか?

 

あなたは宇宙を見る。

その宇宙は、あなたが創造する宇宙である。

どこにも客観的宇宙などはない。

あなたは、あなたが創造した宇宙しか見ることが出来ない。

よって、宇宙はあなたなのであり、あなたは宇宙である。

 

凄い結論ですねぇ。

「現実」は幻という話をしていたら、だいぶ横道に逸れてしまいました。

 

*ここで「宿題その◆廖р堊曚鬚覆気辰董△海離屮蹈奪の「宇宙」という言葉を「神」に置き換えて考えを巡らせてみてください。さらに凄いことになりますよ。

 

話を再び、石膏デッサンの現場に戻しましょう。あなたはその日、学校に行きたくはなかったので、授業をサボることに決め、学校近くの公園に出かけます。そして、公園内の木々や、花や、ベンチや、ブランコを眺めてひとり楽しく時を過ごします。この時あなたは、「石膏デッサンの授業」という「現実創造」には、加わらない選択をしたのです。代わりに、公園で花やブランコを眺めて過ごす「現実」を「創造」したのです。

 

最初の選択である「石膏デッサンの授業」への参加。この「現実」の創造には、多くの人間が加わっています。これらの参加者や、その場にあるものが協同してその時の「現実」を創り上げているのです。一方、あとの公園に行った体験では、誰にも会うことがなかったとしましょう。でも、木々や、花や、ベンチや、ブランコが集合して、同じようにあなたの「現実」を協同して創り上げているのです。

 

実は、これらのものにも意志があるのです。あなた方は物には意志はないと思っているでしょう。でも、高い山が大昔には海の底だったという話を聞いたことがありませんか? それはごくゆっくりではありますが、地殻も動いているということを物語っています。つまり、地球は生きているのです。そして、地球から生み出されたもの、さらにそこから加工されたもの全てにも、いのちがあるのです。「宇宙とは何か」という定義の一つは、間違いなく「生命」です。

 

ですから、あなたが創る「現実」は、これらのものが複雑に絡み合いながら、協同して創り上げているのです。そして、その中では、あなたは常に主役です。誰かの脇役であることは、決してありません。よいですか、全員が主役なのです。このようにして、あなたの「現実」の「創造」のために、今現在のあなたにとって必要かつ有益なことが、いつも完璧に用意されているのです。ただし「有益」とは、あなたという「魂」の成長にとってということです。

 

このように、この世は、すべてが、行き当たりバッチリ! なんですよ。

あとは、そのことに、あなたが気づくかどうかです。

 

さて、今ここに挙げた事例から、どのようなことが学べるでしょうか?

先ず第一に、あなたは、ご自分の意志で、たくさんの選択肢の中から「現実創造」を自由に選べるのだということです。

第二に、その「現実創造」の〈あり方〉(気分的あり方、感覚的あり方)を自由にデザイン出来るということです。

そして第三に、その「現実創造」は、実は幻なのだということです。

 

このことから、さらに次の結論が導き出されます。

 

あなたは、この、あなたが創る「現実」という名の幻術を、自分の成長のために、利用することが出来るのです。

もう一度、言いましょう。

あなたは、この、あなたが創る「現実」という名の幻術を、自分の成長のために、利用することが出来る。

 

これが、今日お伝えしたいメッセージです。

 

*ここで「宿題その」:幻という「現実」を「創造」しながら生きる人生に、果たしてどんな意味があるのかと、瞑想をして考えを巡らせてみてください。

 

みなさんの理解力が上がり、次の段階の真理を求める声が多くなって来ましたので、今日はこのような話をしました。

 

わたしたちは、あなたが目覚めることを応援しています。

いつでもあなたのそばにいて、呼びかければすぐに応える用意ができています。

 

叩けよさらば開かれん。求めよさらば与えられん。

望めば、天の門はいつだって開かれるのです。その用意があるのです。

それを阻んでいたのはあなたの側。

2020年、今度はあなたのゲートを開けましょう。

そして、わたしたちが伸ばした手を、しっかりと握り返してくださいね。

Open your heart.

 

親愛なるあなたへ 永遠の友より

「時間」の罠

「スライス・オブ・ライフ」という言葉をお聞きになったことはありますか? これはその名の通り、人生のある断面、何気ない日常の一コマを強調する時によく使われています。この “slice of life” という言葉が意味しているものは、「その時々を大切にしなさい」ということ。逆に言うと、多くの人が「よき人生を送りたい」と願っていながらも、“slice of life” を殆ど意識せずに生活をしているということを示しています。

 

長〜い食パンをイメージしてください。この片方からもう片方までが人生だとします。あなたの「今」は、これのどこかの断面にあるのです。この視座は、「幸福」との関連で何度か語って来ましたが、覚えておられますか? 「幸福」というものは、将来にあるのではなく、「今」を「幸福」だと思えば「幸福」なのだということ。そして、その「今」を継続すれば、「幸福」な一生が送れるということでしたね。

 

でも、そうはなかなか思えないですよね。

それは、「今」の自分には、何か〈足りないものがある〉と考えているからです。

それは、家や、恋人や、家族や、理解者や、金品や、能力や、適職や、地位や、賞賛だったり‥‥と。

 

そのため、将来の充足や、将来の獲得にばかり意識が向かって、“slice of life” を大切に生きるということをついつい疎かにしてしまうのです。しかしこれは無理もありません。そのように教育されて来ましたし、社会が発するメッセージはすべてこのような観点から紡ぎ出されているからです。曰く、有名大学を出ないとよい就職口はないぞ、よい相手に巡り会わないと幸せな家庭は築けないぞ、会社に逆らったりしたら出世は見込めないぞ、2000万円貯金しておかないと老後は悲惨だぞ、etc.。

 

しかしこれも以前に言いましたが、人間以外の生きものたちは、そんなことを考えているのでしょうか? たとえば、犬は犬生設計をした上で生きているのでしょうか? 猫は猫生設計をした上で生きているのでしょうか? 鳥は鳥生設計をした上で生きているのでしょうか? そんなふうには、とても思えません。みんな、ただ “slice of life” を生きているだけなのではないでしょうか?

 

でも人間だけが、「人生」という言葉に惑わされて、「時間軸」の上に自分が考える〈幸福イメージ〉を描こうとするのです。しかしこれは、危険な罠です。なぜなら、将来の「幸福」のために「今」を努力しようとすれば、「今」はまだ「幸福」ではないということになりますし、イメージした将来に、望んだ〈幸福イメージ〉がもしも獲得できなかった場合には、これまた「幸福」ではないという敗北感がその人を襲います。

 

つまり、自分は「幸福」ではない、という “slice of life” を連続的に生きる人生となってしまうのです!

 

あなた方が、みなこうした罠に陥ってしまう大きな原因は、この世には「時間」というものが存在するという根本的な錯覚があるためです。この信念は非常に強固なもので、宇宙の真理は、これまで繰り返し、「時間」というものはまやかしに過ぎない、宇宙には永遠の今しかない、と説いて来たのですが、その実感がつかめないために、みなこの根本命題をスルーして、「時間」に縛られて生きているのです。

 

これと対をなして、あなた方の世界を支配している根本的な錯覚がもう一つあります。それは、「自分は何者か」という問いに関するものです。みんな、鏡に映した時に見える、身体を持った自分が自分だと思っていて、そのことにいささかも疑念を抱いていません。そんなことは議論なしの当然だと考えているのです。つまり、それほど、この錯覚も強固なものだということです。

 

整理しますと、

 

1.この世には時間が存在する。

2.この肉体の私が、私である。

 

という二つの根本的な錯覚が、地球という惑星の霊性密度(次元)を、支配する根本原理になっているのです。そして、すべての問題(のように感じるもの)、すべての苦悩(のように感じるもの)は、全部、この錯覚を前提として、その上に生じているのです。試しに、あなたがいま問題だと思っていること、苦しいと感じていることがあったら、この二つのフィルターの中を通してみてください。必ず、引っ掛かるはずです。

 

あなた方を支配する「洗脳」は、三重構造になっていて、先ずベースにこの二つの錯覚があり、ベースの上に、さらに様々な社会システムが乗っかり、その上に個々人の信念があるのです。

 

昨今、このうちの社会システムの「洗脳」実態が、次々と明るみに出される事態が起きています。これは人類史から見れば驚くべき大変革です。数千年も前から変わることなく続いて来た、人類の支配と隷属という構造、そして支配の道具としての「お金」の実体が、根本から問い直される機会が巡って来たのですから‥‥。あなた方はその転換期にすでに突入しています。

 

また、この変化のせいで、上に乗った個人の信念もグラつき始めています。しかしこのことを不安に思わないようにしてください。転換期には、変わることを不安に思う人と、変えることを楽しみに思う人とが混在します。不安感を払拭する唯一の方法は、変革の阻止や現状の死守ではありません。あなたが理想とする社会をリビルドするイメージを強く抱いて、実際に行動を開始することです。変革を、不安ではなく楽しみに変えるのです!

 

さてこの中には、どちらかと言えば壊す方に比重を置いた「解体屋」と、新しい社会システムを創造することに、より比重を置いた「建設屋」が登場します。「解体屋」は、既存システムをぶっ壊せばいいだけですので、誰の目にも分かりやすいのですが、「建設屋」はどういうものをどういう手順で造るのかということを、多くの人にプレゼンテーションし、納得してもらわなければならないので、非常に手間も掛かるし大変です。

 

ここで、次を担う世代の方々に知っておいて欲しいことは、ただ社会システムをいじっただけでは、地球人類に真の幸福は訪れないということです。社会システムという、外に現れた表現物は、すべて人間の内面の反映なのです。分かりやすく言えば、今の人間の「心」の投影です。ですから、その時々の人類の「心」のありようが、その時々の社会システムを構築している。

 

ということは、人間にとって、あらゆる生物にとって、また宇宙にとって、「幸福」とは何か、という根本が問い直されなければならない時期が来たということです。ことここに至って、先に挙げた二つの根本命題に、いよいよ地球人類も踏み込む段階が来ました。

 

つまり、

_罅垢考えているような「時間」というものは実は存在しない、

∋笋遼楴舛脇体にあるのではない、

ということに万人が気づくことです。

 

そして、

 ̄宙には永遠の今しかないのだということと、∋笋遼楴舛録世任△と、実感を持って深く認識することが、眠りからの目覚め、すなわち「覚醒」の根本なのです。

これこそが、地球人類に与えらえた最終テーマ、アセンションです。

 

親ガメの上に子ガメを乗せて、子ガメの上に孫ガメ乗せて。親ガメ転けたらみな転ける。もしも地球人類の大多数が、いま言った根本命題に一斉に目覚めたとしたら、それはもうちゃぶ台返しのようなもので、上に乗っかっているものも全部がひっくり返る。価値観が一変し、地上には一切の悩みが無くなる。しかし、いつも言っているように「解る」には三段階があって、今日の明日というわけには行かないのです。

 

実は、いま新しい時代の構築に向けて、奮闘努力しておられる方々の中には、ご自身では明確に意識していないまでも、ベースの変革を(つまり地球人類のアセンションを)直感的に解っておられる方がいるのです。みなさんには、二段目の社会システムだけを変えようとしている人と、ベースから丸ごとひっくり返そうとしている人との違いは分からないかも知れません。しかし、分かる人には直ちに分かる。あなただって、直感を働かせればきっと分かるはずです。

 

ということで、今日はそのうちの「時間」についてお話をしましょう。私たちは、ほぼ例外なく、「時間」とは何かについて、深く考えたこともなしに「時間」のことを日常的に話題にしています。今日の待ち合わせは駅で11時30分にとか、一周を3分20秒で走り抜けたとか、お湯を注いで3分間待てとか‥‥。日常行動の基盤を完全に「時間」に頼っていて、しかもUTC(協定世界時)が定める標準時間に厳格に管理された中で生活しています。

 

ですから、「時間」があるということになんら疑問を抱かないのは、当然過ぎるほど当然です。けれども、神秘学では古来より一貫して「時間」は幻想だということを語って来ました。ただ、この両者の言葉には隔たりがあり過ぎて、かつ実感を伴わないために、「時間」は無いという主張は、常に嘲笑され無視され続けて来たのです。しかし、ここで逆に、「時間」が在るということの証明をしてくれますか、とあなたにお頼みしたら、あなたはどうされるでしょうか?

 

ある人は、自分の子ども時代の写真を見せて、これがその証拠だと仰るかも知れません。またある人は、過去のドキュメンタリーの映像を見せて、これが証拠だと仰るかも知れません。またある人は、マラソン中継を見せながらトップは2時間8分でゴールしたぞと仰るかも知れません。でも、私が証明して欲しいのは、時と時の間(あいだ)、「時間」が在るということなのです。写真もドキュメンタリーも、その記録を見ているのは「今」ですし、マラソン中継も「今」の連続を見ているだけです。

 

実は誰も、時と時の間(あいだ)を取り出して、「ほら、ここに時間が在るよ」と証明できているわけではありません。でも、私たちは「時間」が在ると思っているのです。これはなぜでしょうか? それは、自分の周囲で時々刻々展開してゆく「変化」というものを、五感が知覚するからです。そしてその変化の知覚を、「時間」が経過しているのだと「解釈」しているのです。つまり、外部に見られる変化と、内的な認識とが合わさって、「時間」が存在するという幻想を創り上げているのです。

 

あなたに、こんな経験はないでしょうか? 何かに夢中になっていて、ハッと時計を見たら、予想の倍もの時間が経過していた。あるいは、深い夢の世界に落ちて、夢の中で様々な体験をしたのに、気がついたらほんの数分しか立っていなかった。これらはいずれも、自分の認識と時計の針の進み具合とが一致しない時があるということを示しています。それより何より、眠っている時には「時間」が停止しているように感じていませんか?

 

先ずここで考えていただきたいのは、「時間」経過というものに関する「認識」は、一人ひとりで異なっており、決して一様ではないということです。にも関わらず、同じ「時間」を過ごしていると思っているのは、時計によって示されている標準時間というものに、みな暗黙の信頼を置いているからです。ですから、先に挙げたような経験をしたとしても、自分の「認識」の方が間違っていたと思うように教育されているのです。

 

でも、もしもあなたが、時計も窓もない部屋に何日も何日もずっと押し込められていたとしたら、あなたは「時間」というものを、どのように「認識」するでしょうか? 最初は腹時計や、眠くなったりすることで今何時かを類推するでしょうが、それがずっと続けば、終いにはもうなんだか分からなくなってしまうのではないでしょうか。ここで気に留めておいて欲しいことは、一つには、「時間」は「認識」の問題であるということです。

 

次に、なぜ自分の外部に見える世界が、時々刻々と変化するのかを考えて見ましょう。いわゆる「諸行無常」「生々流転」という法則が展開されている理由です。これは、今の私たちが、「物質」が存在する空間であるところの第3霊性密度(三次元)の世界に生きているからです。

 

*霊性密度については何度もお話しして来ましたが、宇宙というものは、高い振動数(密度)を持った非物質的な世界から、低い振動数(密度)によって形成された物質世界までがグラデーション状に展開されており、これをその性質の差から、大きく7つに分類しています。第3霊性密度というのは、この分類の下から3番めの領域を言い、5番め以上が非物質的世界、つまり霊的世界に当たります。そして中間の4番めが、半霊半物質世界を構成するという構造になっています。

 

地球で暮らす人間は、この物質世界が、そのまま宇宙の実相だと思っていますがそうではありません。宇宙を構成する素の素はたった一種類の振動するエネルギー体で、それが振動数を下げて行くことによって素粒子化し、さらに下がって様々な物質を形成しているのです。ですから、素粒子化以前の非物質的世界(それは、現在あるどんな機器を使っても観測できない世界ですが)までを含むものが、本当の全宇宙なのです。そして、その中では、物質世界の全エネルギー量などは微々たるものに過ぎないのです。

 

いま言った部分は、因の科学に属することですので、物質科学の世界ではまだ証明がなされていません。しかし物質科学の世界でも、あなた方の常識を覆す一つの結論がすでに出ているのです。その結論とは、時間と空間とは不可分であって、互いに連続しているというもの。そこでこれを「時空間連続体」と呼びます。私たちはこの「時空間連続体」の中に生きているのです。が、この中では、なんと「時間」の経過は一定のものではないのです。

 

*因の科学:現在、地上で「科学」と称しているものは、みな物質世界に顕れた「現象」の中に法則性を見出そうとするものであり、結果から結果を法則化しているに過ぎないのです。例えば、宇宙は今から138億年前にビッグバンによって誕生したと言い、今ではみんなそれを信じていますが、では生じる前の「無」とは何なのか、どうして「無」から突如「有」が生じたのか、何がそれを生じせしめたのか、生じせしめた理由は何か、といった「原因」に関する疑問には、全くの頰かむりなのです。この「原因」にまで踏み込む科学が「因の科学」です。

 

図を見てください。これは「時空間連続体」の概念を平面上に表したものです。横に時間軸、縦に空間軸を取っています。この平面の、A地点に今あなたがいるとしましょう。あなたはそこにいて、動かずにじっとしています。そのあなたに対して、時間軸が右から左にまるでベルトコンベアーのようにして流れて来るのです。実際にはあなたは静止しているのですが、時間軸の方が絶えず流れて来るので、あなたは逆方向へA’地点まで進みます。この移動を、あたかも「時間」が経過したかのように感じるのです。

 

さてここで、A’へと向かう途中のB地点で、静止をやめC地点にまで空間を移動したとします。あなたはA’までにかかる時間と、同じ時間をかけて今度はCへと移動します。すると、A-A’へ進むのも、A-B-Cへ進むのも、両者が持っている時計の針は同じだけ進んでいます。ところが、A’地点側から見た場合のA-B-Cの時間経過は、A-A’よりも縮んでしまうのです。つまり、あなたが空間を移動をしている時には、静止している状態よりも、なんと時間の進みが遅くなってしまうのです。

 

ということは?

しょっちゅう移動をしている人は、それだけ他の人よりも老け込むのが遅くなる!

 

とまあ理論上はそうなのですが、新幹線に乗っても飛行機に乗っても、光速に較べればそのスピードはあまりにも微々たるものなので、ほとんど影響がないのです。残念! しかしここで、まずもって理解していただきたいのは、「標準時」なるものは絶対的な基準ではないということです。地球上で体験される経験則を、「標準時」として制定したものに過ぎないのだということ。ですから、「時計」をもってして「時間」が在るということの証明にはならないのです。

 

その上で、次に、なぜ時間軸のベルトコンベアーが流れ続けているのかを考えて見ましょう。これは、実のところ、現代物理学でも未だに解明されていない謎です。いわゆる「時間の矢」の問題(どうして時間は後戻りできないのか? 時間には矢印がついているのか?)です。なぜ解明されないのでしょう? それは、宇宙の創生の問題と同じく、因の科学の領域にまで踏み込まない限り、この問題には答えが見つからないからです。

 

しかし、今の地球で「科学」と称しているものは、すべてが物質世界を基盤に置いた考え方を前提としていて、それを逸脱するものは「科学」とは決して認めません(これこそが非科学的なのですが‥‥)。ということで、因の科学の領域に少しでも踏み込んだものは、みな似非(えせ)科学のレッテルを貼られてしまうのです。当然、このブログも。残念ですが、現状では仕方がありません。しかしそれも、いつかは是正される時が来るでしょう。

 

話を戻して、今ここに書いた「時間軸のベルトコンベアー」という比喩も、数分前にインスピレーションを頂いたばかりのものであることを断っておきます。さて改めて、あなたに問いかけます。「空間」とは何でしょうか? 宇宙に出ると、真空の「空間」が広がっていると言いますが、「真空が在る」というのはどういうことなのでしょうか? 何も無いけれども「空間」だけは在る。その「在る」とは、いったい何が在るのでしょうか? 何も無いのに、なぜ「空間」は潰れてしまわないのでしょうか? まったく謎だらけです。

 

では、因の科学の世界に入りましょう。

 

先ず、「無」と「空」とは違うということです。「無」とは文字通り何も無い。ですから、「無」の存在を証明することは出来ません。「無」の存在が証明できたら、それは「有」ということですので自己矛盾です。従って「無」は無(だろう)としか言いようがありません。しかし、括弧して(だろう)としたのは、こちらの宇宙には無くても、こちらからはアクセス不可能な別の宇宙に「在る」可能性があります。その場合、その別の宇宙から見れば、やはり「無」というものは無いのです。<(_ _)> ややこしくてどうも済みません。

 

*宇宙は Uni-verse ではなく、Multi-verse になっている。

 

これに対して、「空」というのは、物質化したものは無いけれども、非物質的エネルギーがそこには満ちているのです。これが「空間」であり、このエネルギーを、古くからエーテル(Ether:英語の発音ではイーサー)と呼んで来たのです。それを何と呼ぶかは別として、「空間」には何も無いのではなくて、そこには宇宙の基本要素であるところの振動するエネルギー体が、まるで海のように充満しているのです。(その比喩的な映像に取り組んだ映画が『惑星ソラリス』)

 

*中世時代に盛んに言われていたエーテル論は、その後、原子の発見や真空の観測によって「そんなものは無い」と完全否定されてしまいましたが、現代物理学では、逆にこれを認めるようになって来ています。

 

さて、初めの方で、この振動するエネルギー体は、振動数に応じた階層構造を形成していると述べました。そして、振動数が低下して行くと、素粒子を形づくり、それが集まって物質化して行くと説明しました。この変化は、階段状ではなく、グラデーション状に変化して行きますので、素粒子になるかならないかの領域では、物質と波との中間的な性質を帯びるのです。すると、振動するエネルギー体は、喩えて言えば、お湯に葛粉を溶いたような状態になるのです。

 

物質化した宇宙は渦の回転をしておりますので、粘りをもったエネルギー体は、これに引っ張られて同様に回転をします。逆に、葛粉を溶いてかき回しているうちに、中に物質化する部分が出来ると言った方が適切かも知れません。いずれにしても、粘りを持った振動するエネルギー体が一定方向に回転する。これが、時間軸のベルトコンベアーとなるのです。ですから、「時間」は一方向にしか進まず、後戻りができないのです。

 

しかしこれは、あくまで、物資世界の領域(第3霊性密度)で起こる話。私たちはその世界に住んでいますので、そこを中心としてしかものを考えられなくなっていますが、物資世界というものは、宇宙全体からみれば非常に限定された狭い領域に過ぎないのです。むしろ、非物資的世界の方が圧倒的に大きい。では、どのくらい大きのかと言いますと、広大無辺。つまり限りがないほど大きい。

 

なぜ限りがないのでしょうか? それは「時空間連続体」という限定された場が、もはやそこには存在しないからなのです。ですから、正確に言えば、大きいとか小さいとかという基準そのものがない。極大が即極小であり、極小が同時に極大でもあるという無限の世界がそこに広がる。これが宇宙全体の本質であり、あなた方が考えている宇宙は、物資化された領域だけを見て「これが宇宙だ」と言っているに過ぎないのです。

 

物質世界の領域から脱し、高い霊性密度の領域に上がれば上がるほど、「時空間連続体」からは離れて行きます。第3霊性密度から、第4を越え、第5霊性密度に入った辺りから「時空間連続体」の影響はどんどん少なくなって行く。そしてついには、時間も空間も無い無限の世界に突入してしまうのです。果たして、それはいったいどんな世界なのでしょうか?

 

知りたいですか?

‥‥‥

本当に?

‥‥‥

心底から?

‥‥‥

今すぐにでも?

‥‥‥

 

まあ、そう焦りなさんなって。

いずれは知ることになるのですから。

その日が来るまで、楽しみにとっておきなさい。

あなたには、この世で、まだまだやるべきことがある!

 

本当の「知る」は、あちら側へ行かなければ解らないのですが、こちら側にいても、その一端に触れることは出来ます。現にあなたも常に触れているのであって、ただそれを意識できないでいるだけです。その接触(contact)を、意識的に行う手段が、他ならぬ「瞑想」です。そこで、虹の学校では、日常生活に「瞑想」習慣を持つことを強くお勧めしているのです。「瞑想」は、本当の宇宙、本当の自分、本当の愛、そして生命の神秘、を理解するための真実の扉を開けてくれるのです。

 

このように、あなた方が感じている「時間」というものは、絶対的な尺度ではなく、物質世界だけに出現する見かけ上の体感に過ぎないのです。それは、身体の自分が自分だと思っているために、その体感を信じるのであり、「時間」があると思い込むのです。その結果、身体に縛られ、さらに時間に縛られ、地上での活動のすべてを、この二つの幻をベースとして考えるようになり、それによって自ら問題を創り出し、悩み、苦しみ、自分は不幸だと思う人生を送っているのです。

 

でも、あなた方は意識していないだけであって、宇宙の本質とは日常的に接触しているのですよ。それどころか、今までに一度だって切れたことがない。ただの一度だって! なるほど、あなた方は生まれ、成長し、やがて衰え、死ぬという一生を送る。でもそれは、諸行無常、生々流転という地上の法則を体験するためのプロセスに過ぎないのです。体験を咀嚼して、何かを掴もうとしている本当のあなたが、それとは別にある! 真実のあなた、そのままのあなたが。

 

それは、身体ではない。あなたの「意識(mind)」だ。

 

つまり、今世の身体、およびそれに付随して動く環境は、すべて、あなたの「意識」を進化させるために用意された、単なる道具であり、スクリーンなのです。

 

あなたの本質は、あくまで「意識」なのです。そして「意識」だけが、あなた方が「死」と呼ぶ時を迎えた後も、連続して運ばれる。しかも、あなた方の「意識」は一重ではありません。ここが肝心なところ。これも多層を成していて、その最深部は、誰もが高い霊性密度とつながっているのです。でもそのことを実感できないのは、あなたが、身体と時間が示す罠に捕まっているためなのです。

 

そこで、この罠から脱し、本当の自分を見つけ出すためのテクニックをお伝えしましょう。何かの作業を終えた時、また作業を始める前、あるいは作業中に迷いが生じた時、感情をひどく動かしてしまってブレた時などに、ひとり目を閉じて、静かにして、自分の「意識」を観察してください。批評を加えずに、「意識」のありのままを見つめるのです。すると、あなたの「意識」は「時空間連続体」を脱け出して、永遠の「今」の世界に入ります。

 

その時、あなたは気づくことになる。自分の本質は、身体ではなく、連続した「意識」にこそある。が、その「意識」もまた、「今ここ」にあるのだということに。つまりあなたは、“slice of life” ではなく、“slice of mind” を生きているのだということに。あなたの「意識」に、「時間」というものは存在しないのです。Aという人物だった時の過去世、Bだった時の過去世‥‥、そしてXという人物であるところの未来世、これらは全部、同時に、それぞれの人生の “slice of mind” を生きているのです!

 

なんと壮大なドラマでしょう。なんとよく出来た計画でしょう。すべての人生における体験が、全部あなたの体験学習のためにあるのですから.。

このプレゼントに感謝しなさい。自分の身の上に起こる、良いことも悪いことも、実はぜーんぶ良いことだった、という実感に早く到達しなさい。

あなたの魂は、いつだって見守られているのですよ。いい加減に目覚めて、早く自分の手足となって働いてくれないかなぁと、上の存在は乞い願っているのですからね。

 

あなたは、自分が救われることばかりを考えてはいませんか? 逆なのですよ。あなたが、上の存在を救うのです! なぜって、地上で手足となって働いてくれる人がいなければ、いかに高次元の存在といえども、手の出しようがないのですからね。ですから、自分が手足となって働くことを、ここで宣言しなさい。何も難しいことを考えたり、したりする必要はありません。素直に、純粋に、誠実で、明るく、熱心に、思いやりを持って、いま出来ることを行いなさい。

 

スピリチュアルおたくになっていてはダメですぞ! 霊的世界は、駆け込み寺ではありません! ましてや魔法を授ける教習所でもありません、なんのための人生ですか? なんのための地上体験ですか? 思いつくことをどんどん行動に移して、人生を謳歌しなさい。すべてはスクリーンなのですから、怖くはないでしょう。自分は、自分のドラマの主役なのだということを強く意識して、渾身の力でこれを演じ切りなさい。あなたの、“slice of mind” を光り輝かせて。

地球のアセンション

アセンション(Ascension)とは上昇すること。何が上昇するのかというと、いわゆる「次元」です。この「次元」が、三次元から、四を跳び越して、一気に五次元にジャンプする。それが「アセンション」です。

 

さて、この「次元」という言い方なのですが、この名称が多くの人に誤解を与え、「宇宙」の構造に関する理解を難しくさせてしまっています。私も時に、通例に倣って「人間は多次元的存在」などと書いたりしているのですが、誤解を増幅させてしまっているかも知れません。そこでこの際、ちゃんとしたことを書いておこうと思います。

 

これからお話することについては、簡単にですが、今までにも何回か触れたことがあります。けれども、数学や物理学に関連した話をちょっとでもすると、どうもドン引きする人が多くて、今までキチンとお伝えすることは遠慮していました。でも、今回はちゃんと話しますので、頑張って着いて来てくださいね。

 

そもそも、「アセンション」で言っているところの「次元」というのは、数学で言うところの「次元」とは、全く異なる概念なのです。これは「アセンション」に限らず、今後は、神秘学において「次元」という言葉を目にした際には、すべてそうだと考えてください。そうすれば、基本的な謎の一つが解けます。

 

数学で言うところの「次元(Dimension)」というのは、移動できる方向の数(自由度)を表しています。点は0次元(どの方向にも動けないため)、直線は1次元(直線上をどちらか一方向に動ける)、平面は2次元(タテ、ヨコの二方向に動ける)、立体は3次元(これに高さが加わり三方向に動ける)となるのです。ということは、私たちがいま住む物質世界は、数学的には3次元世界ということになります。

 

これに時間軸をプラスして、この世は4次元だとする考えもあります。ただし、時間軸は片方向にしか進めません。いわゆる「時間の矢」というものが存在するのです。しかも私たちは、“今” しか知覚・体験できません。“時間” という幅を見ることは出来ないのです。なぜ時間軸が逆行できないかは、今も物理学上の大きな謎とされています。

 

一方の神秘学で言うところの「次元」は、正しくは「霊性密度(Spiritual Density)」と言い、宇宙を構成するあらゆるものを、その振動数の違いによって七階層に分類したものなのです。さてここで、先ず「振動数」という言葉が出て来ました。非物質的なものも含めて、宇宙のあらゆるものが振動しており、霊性の高いものほど微細で精妙な振動数を持ち、低くなるほど大まかで粗雑になっていくのです。

 

この説明にピンと来られない方も多分いらっしゃるでしょう。目の前にあるコーヒーカップが振動しているようには見えないからです。あるいは空気が振動しているようには見えない(空気そのものが見えない)からです。またあるいは、銀河系が振動しているようには、宇宙全体が振動しているようには思えない(観測できない)からです。

 

しかしみなさんは、物質を構成しているものが分子であることをご存知でしょう。そして、その分子を構成しているものが原子であることもご存知でしょう。これら物体を形成している粒子は、目には見えないのですが、みな細かな振動をしているのです。みなさんがよく知っている「熱」というのは、この粒子の振動状態なのです。そこで、この粒子振動を熱運動と呼びます。

 

粒子の振動が激しくなるとその物は高温となり、振動が小さくなると低温となります。一例を挙げましょう。水は、温度が0度から100度までの間に、固体、液体、気体へと変化します。気化した水であるところの水蒸気が膨張圧力を生むのは、水分子が液体時よりも激しく振動するためです。逆に自由度があまり無くなっていくと、水は氷という固体になるのです。

 

さて、最新の物理学は、原子核を構成する陽子や中性子よりもさらに微小な素粒子を発見し、今ではクォークに代表される17個の素粒子からなる「標準モデル」が確立されています。そして、自然界にある四つの力の大統一理論を探る過程で、「標準モデル」の素粒子よりもさらに微細な「素」が存在し、それは「振動するひも」である(超弦理論)という説が主流を占めるに至っているのです。

 

しかしこの「振動するひも」は、理論物理学から出て来たもので、あまりにも微小なために、大型ハドロン衝突型加速器を使っても、実験で確かめることが(今のところ)不可能とされています。一方、神秘学では、古来より、宇宙を構成する「素」は、振動するエネルギー体であるとし、それを「霊(Spirit)」と言って来たのです。つまり現代物理学は、古来より連なる神秘学に、やっと追いついて来たというわけです。

 

*霊(Spirit)については、あまりにも多くの解釈や定義づけが存在し、それぞれの人がそれぞれの説を語っておりますが、ここでは、万物を形成する唯一根源の「素」を霊(Spirit)と定義づけます。

 

よく、霊界の話をすると「そんなもの科学的じゃない」とか「トンデモ話だ」といった決めつけをなさる方がおられるのですが、現代科学は、もはやそのレベルではありません。天文学、物理学、数学が融合し、超微小世界と超巨大世界への観測技術が共に発達したこともあって、この2・30年ほどで急速な進歩を遂げています。そして、そこで得られた推論は、因の科学(現象面の裏にある本当の原因科学)が示して来たものに、どんどん近づいて来ているのです。

 

「Spirit」と「振動するひも」が、同じものだと結論づけるにはまだ早計かも知れません。ですが、『超弦理論』が、この世の常識を超える世界に踏み込んだことは、これまでの科学(現象から現象の法則性を探る)の一線を超えたと言えます。その『超弦理論』は、私たちが住む世界が実は3次元なのではなく、9次元(時間軸を含めると10次元)であるという説を立てています。残りの6次元分は畳み込まれていて観測できないだけだと言うのです。

 

さて神秘学に話を戻しましょう。神秘学では、万物を構成する素は「Spirit」であると言います。しかしこれは、大本の「振動するエネルギー体」が有する機能面の一つであり、他に「根源的生命力」と「宇宙意識」なるものを、この「振動するエネルギー体」は併せ持っているのです。この、三つの要素が、たった一つのものから成るということが、真の「三位一体」の意味なのです。

 

さてその時、元はたった一つのこの「振動するエネルギー体」が、振動数を次第に下げて行きます。すると、水で示した例と同じ様に「Spirit」の自由度がだんだんと減って行き、同種の振動数を持ったエネルギー体が塊りを形成するようになるのです。こうして、非物質であったところの「Spirit」が、半霊半物質状となり、さらに振動数を下げると、遂には物質化という現象が起こるのです。

 

ですから、人間の肉体も、「Spirit」が振動数を下げて物質化して行き、原子となり、それが分子となり、細胞を形づくって肉体を形成したものなのです。ここに、同じく「宇宙意識」の振動数を下げた「魂(Soul)」が結びつき、さらに「根源的生命力」の振動数を下げたプラーナ(気)が供給されて、あなたという一人の人間が、この地上で、この宇宙に生かされているのです。

 

このように、元々は非物質的な「振動するエネルギー体」が、振動を下げることによって、半霊半物質化、さらには物質化という現象が起き、その物質も、様々な化合を経て巨大化し、この大宇宙が出来上がっているのです。宇宙のすべては「波動」であるという言い方は、ここから来ています。ですから、「波動の法則」が「真理」であると言えるのです。それは、たった一つのものから生じているのです。

 

この時、振動数の高低差を、便宜上、七つに分けたものが、よく言われる「次元」、正しく言えば「霊性密度(Spiritual Density)」なのです。密度と、振動数と、波長は、同じことを違った視点から述べたものです。ですから、俗に言う「次元」とは、数学的次元を指しているのではなく、「振動するエネルギー体」の密度、あるいは振動数、あるいは波長を述べたものだということを、しっかり覚えてください。

 

さて、なぜ七つに分けられるのかということなのですが、振動数の違いからなる七つの領域が所持するそれぞれの性質に、大きく七つの特徴があるためなのです。そしてこの特徴をそっくり人体に移したものが、いわゆるチャクラ(中枢)の各働きであり、スシュムナー管上(背骨に重なる場所)に、七カ所に分かれて位置しているのです。

 

このことから、大宇宙(マクロコスモス)と、人体(ミクロコスモス)の相似形が言われ、人間は「神」に似せて創られたという言い方が為されているのです。また、七つの「霊性密度(次元)」を、人体が最初から所持しているという意味から、人間は「多次元的存在」であるという言い方もされるのです。

 

ところが残念なことに、地球に生まれた人間は、このチャクラが充分に目覚めていません。そこでこのチャクラを、眠りから目覚めさせ、活性化させることが求められます。これが、いわゆる「覚醒」の意味であり、完全に目覚めた人を「ブッダ」と呼ぶのです。(この七つの階層については、次回に『オクターブの法則』と題して、詳しい説明をします。えっ、もう結構ですって? まあ、そう言わずに。)

 

七つの階層のうち、上の三つが非物質界(霊界)、下の三つが物質界、そして中間の四番めに位置しているのが半霊半物質界です。地上に生活している人間は、下から三番めの「第三霊性密度」の領域に暮らしているのですが、四番めの半霊半物質界を跳び越えて、非物質界の一番下である五番めの「第五霊性密度」にジャンプすることを「アセンション」と言うのです。しかも、この肉体を持ったまま、地上に現に生活をしながら。

 

*本当はそうではないのに、そこに捕まっている状態。物質を知覚するための五感刺激に嵌まり込み、第六感以上が塞がっている。当然、チャクラも閉じたまま。

 

ややこしいのは、「第三霊性密度」を「次元」と言ってしまうと、これが「三次元」となり、数学的に言うところの「3次元」とちょうど重なり、区別がつかなくなってしまうだけでなく、英語の「Dimension」も「Density」も共に頭文字が「D」ですから、同じ「3D」と表記される場合があるのです。

 

そうしますと、「はて、3次元から5次元にジャンプするとはどういう意味なのだろうか?」「5次元世界とは何なのか?」という話になり、まるでワケが分からなくなってしまうのです。たまたま、そういうものが一致したために、多くの人に混乱を与えてしまっているのです。ということで、今日、その点を解説いたしました。

 

では、「霊性密度」上、なぜ四番めを超えるのか、また超えなくてはならないかと言いますと、半霊半物質界である「第四霊性密度」というのは、いわゆる魑魅魍魎がいる世界なのです。地上に思いを残して死んだ魂や、悪意を持った霊たちがウジャウジャいる世界です。オカルティックなことに興味を持ってはダメだよ、というのはそこです。興味を持った途端、実は、その波動の領域に捕まっているのです。

 

すると、その領域にいるタチの良くない霊たちが、「神」の名を語っていろんなことを伝えて来るのです。それはみな、人間を不安と恐怖と混乱に陥れるためのもので、その理屈を知らない霊媒が、それをそのまま下ろしてしまうのです。人間というのは、残念ながら、宇宙の「真理」を求める人よりも、恐怖の「予言」に興味を抱く人の方が圧倒的に多い。そこで、需要と供給が一致するというわけです。

 

「第四霊性密度」の領域を怖れる必要は、いささかもないのですが(むしろ怖れない方がいい)、オカルティックな興味を抱き続けている限り、アセンションすることは不可能です。なぜなら、それ以上には、自分の波動が(振動数が)上がらないということですから。ここが盲点であり、この「第四霊性密度」の川を渡るということが至難の技なのです。

 

と、以上が前置きです。う〜ん、ずいぶん長い前置きになってしまいましたが、今日お話ししたいことは、別のことなのです。これも以前に書いたことがあると思いますが、今この時期にアセンションすることが運命づけられているのは、実は人間ではなく、地球なのです。地球のアセンションというものが、地球の誕生時から計画されていて、そのタイミングに、既に入ったということ申し上げたいのです。

 

地球というのは、宇宙的に見てどういう惑星であったかと言いますと、「愛の惑星」だったのです。そう聞くと、何か素晴らしい星のように思うでしょうが(実際、ある意味で素晴らしいのですが)、もう少し正確に言うと、「愛を学ぶための惑星」でした。「愛を学ぶための惑星」ということは、裏を返せば、未だ「愛」を知らないレベルの、霊的に低い星だったということです。

 

地球人というのは、私を含めてみな、霊的レベルが低い「魂」が集まっているのであり、この惑星の上に誕生することで、「愛」を学習する機会を与えられたということです。そのために、「分離」意識の非常に強い、エゴと闘争が闊歩する惑星が、太陽系の中に用意されたということなのです。一種の愛のムチと言いますか、実地体験して学びなさいという配慮です。

 

「愛」というのは、別名キリスト精神とも言って、宇宙的に見れば当たり前のものです。地球人からしますと、「愛」はホットな感じがすると思いますが、むしろクールなものです。なぜなら、それは「法則」ですから。ところが地球人は、これに「情」をつけて、「愛情」にしてしまうものですから、ホットな感じになるのです。しかし「愛情」というものは、よく見れば、煩悩そのものなのです。

 

憎悪や支配的感情よりは、「愛情」の方が一歩進んではいます。しかし、家族愛とか、民族愛とか、愛国とか、限定されたものに「愛情」を向けますと、まかり間違えば、それ以外は敵視する、排斥するということになりかねません。そこを超えて、隣人愛、博愛、全地球愛、全宇宙愛となって行けば、本当のキリスト精神に到達するのです。しかしながら、人間はなかなかそこに到達できません。

 

到達できない主原因は、前回のブログで述べました。地球のアセンションというのは、地球という惑星が、「第三霊性密度」から「第五霊性密度」にジャンプする時期にいよいよ入ったということ。それはどういうことかと言いますと、地球が「愛を学ぶための惑星」としての役割を、これで終了するということです。そして、もっと霊性の高い星へと生まれ変わる時がやって来たということです。

 

*正確に言えば、既に60年ほど前から移行期に入っており、その前半の最終章への扉が開いたという段階です。

 

さて、これから書くことを、次の点を頭に刻み込んだ上で、聞いてください。どれもみな言い古されたことですが。

・真の宇宙には、時間も空間もないのだということ

・人間の本質は「霊」にあり、肉体の消滅後も「霊」は生き続けるということ

・地上世界は、そこでしか出来ない体験をするためのものであり、霊的世界から見れば幻に過ぎないのだということ

 

この言い古された真理を、頭で理解するだけでなく、心底そうだなぁと思えるようになるまでには、長い時間がかかるかも知れません。けれども、これを前提とした上で、次にする話を聞くのと、知らないで聞くのとでは、受け取り方がまるで違って来てしまうことでしょう。

 

以上を頭に刻み込んでいただいた上で、地球がアセンションするとはどういうことかと言いますと、この地球のアセンション時期に合わせて、アセンション出来なかった「魂」は、アセンション後の地球には、もはや居られなくなるということを意味します。惑星地球からは一掃されるということです。地球に輪廻転生して来ることも、もはや出来なくなるということです。つまり、この機会が、地球学校におけるラストチャンスということになります。

 

また、これも言い古されたことですが(言い古されたということは、万事「神」のご計画どおり進んでいるという証明でもありますが)、アセンションまでの途中には、地球に大変革が起こるということです。いわゆる「浄化」です。新しいものを生み出す前の産みの苦しみの時期です。そして、これも以前に書きましたが、「浄化」とは、カルマを受けることを意味します。

 

受けることによって、「浄化」が為されるのです。個人にとっても、人類全体にとってもそれは同じです。そして、より広範囲なカルマの方が優先されますから、人類全体で作って来たカルマは、人類全体で受けることになります。このカルマの「浄化」から、自分だけ逃れて助かろうと思ってもそうは参りません。そもそも「助かる」ということが、地上的な欲であり、宇宙的には最初から全部の「魂」は救われているのです。

 

賢明なみなさんは、今後の数十年をどう過ごしていけばよいか、既にお解りでしょう。いつも言っている通りです。素直に、元気で、朗らかに、周囲に親切を尽くして生きなさい。もはや、個人的な悩みがどうのこうのと言っている段階ではないのです。個人的なカルマ、社会的・政治的なカルマ、地球環境的なカルマは全部一直線に繋がっているのです。そのことに思いを馳せなさい。じっくり瞑想してみなさい。

 

人類の集合意識とは、一人ひとりの意識の集合体です。あなたの意識もそこに影響を与えています。この機会を、ワープ航法のように使って、自分がアセンションするためのチャンスとしてください。

 

既に、アセンション後の次の人類(第五原人種)の先遣隊が50年ほど前からポツポツと誕生し、各地で成長しています。あなたもそのお一人かも知れません。この人たちが、次の地球の礎(いしずえ)を創ることになっています。今日のこのメッセージは、そういう「魂」にリーチすることを目的に書かれました。役割を思い出していただくためです。

 

一方で今、旧人類の、エゴを剥き出しにする人々の活動が、一層エスカレートしています。この最終段階に現出する二極化現象も、言い古された預言です。これは彼らの危機意識の顕れとも取れますが、より長い視点から見れば、アセンション前の「浄化」を促進させてくれているとも言えるのです。彼らも、そうやって「神」のご計画に参加しているのです。皮肉なことですが。

 

ということで、みなさんには、この地球のアセンションの機会を、ぜひ上手に使っていただきたいと思います。